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世界史

世界史の勉強法、覚え方【高校】

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東南アジアの歴史【高校:世界史】

下に行くほど歴史的に新しい出来事です。

ドンソン文化(ドンソンぶんか)
ドンソン文化(ドンソンぶんか)

前4世紀頃

ベトナム北部を中心に、銅鼓などを特徴とする文化。

海の道(うみのみち)
海の道(うみのみち)

東西交易が盛んになると、陸路と並び、海洋を利用した船による東西交易が行われるようになり、この交易ルートは海の道と呼ばれた。


港市国家(こうしこっか)
港市国家(こうしこっか)

港を中心に交易活動を基盤とした国家。

紀元前後にインドや中国との交流の中、東南アジア沿岸の交易ルート沿いに生まれた。

扶南(ふなん)
扶南(ふなん)

1~2世紀ごろにメコン川下流域のデルタ地帯を支配下に置いて栄えた国。

この国の港オケオの遺跡からはローマの金貨やインドの神像、中国の鏡などが出土している。


大秦王安敦(たいしんおうあんとん)
大秦王安敦(たいしんおうあんとん)

ローマ皇帝マルクス=アウレリウス=アントニヌスの中国名。

166年に大秦王安敦の使者と称する者が、日南郡(現在のベトナム中部)に到着した。

年号の覚え方は「行(1)け!無(6)理無(6)理言うんじゃねぇ!!大秦王安敦の使者日南郡到着」です。

チャンパー
チャンパー

2世紀末 - 17世紀

インドシナ半島の東南部(現在のベトナム中部)でチャム人が建てた国。

インド文化の影響を受けた。

インドと中国南部を結ぶ南シナ海航路の中継地として海上貿易で栄えた。

中国からは「林邑」とも呼ばれた。


チャンパーの場所
チャンパーの場所

ここらへん。

シュリーヴィジャヤ王国(シュリーヴィジャヤおうこく)
シュリーヴィジャヤ王国(シュリーヴィジャヤおうこく)

7世紀に、スマトラ島南東部のパレンバンを中心に多くの港市国家が連合して建てられたマレー人の王国。

マラッカ海峡を抑えて交易で栄えた。

仏教が栄えた。

中国からは「室利仏逝」と呼ばれ、7世紀末に唐の僧である義浄が訪れたことでも知られる。


義浄(ぎじょう)
義浄(ぎじょう)

635年 - 713年

中国、唐の僧。

インドを訪れ、インドからの帰国途上でシュリーヴィジャヤ王国を訪れた。

『南海寄帰内法伝』を著した。

『南海寄帰内法伝』(なんかいききないほうでん)
『南海寄帰内法伝』(なんかいききないほうでん)

義浄の旅行記。


シャイレンドラ朝(シャイレンドラちょう)
シャイレンドラ朝(シャイレンドラちょう)

8世紀~9世紀頃にジャワ島の中部にあった王朝。

シュリーヴィジャヤ王国を継承して東南アジアの海路を支配した。

インドから伝来した大乗仏教が広まり、8世紀後半から9世紀はじめにボロブドゥールを建立した。

ボロブドゥール
ボロブドゥール

シャイレンドラ朝がジャワ島に建てた大乗仏教の石造遺跡。


ボロブドゥールの場所
ボロブドゥールの場所

ここらへん。

バリ島(バリとう)
バリ島(バリとう)

独自の発展をとげたヒンドゥー教が根付いた。


ヒンドゥー教(ヒンドゥーきょう)
ヒンドゥー教(ヒンドゥーきょう)

バラモン教を原型としたインドの宗教。

バリ島では独自の発展をとげた。

クメール人
クメール人

アンコール朝を建てた民族。


アンコール朝
アンコール朝

802年頃 - 1431年頃

カンボジアにあった国。

寺院遺跡であるアンコール=ワットを造る。

王都はアンコール=トム。

大越国(だいえつこく)
大越国(だいえつこく)

1054年 - 1802年

ベトナム北部で生まれた国。

都はハノイ(昇竜)。

李朝が建国した。


李朝(りちょう)
李朝(りちょう)

1009年(1054年) - 1225年

大越国を建国した最初の長期王朝。

1054年から国号を大越とした。

アンコール=ワット
アンコール=ワット

カンボジアにある寺院の遺跡。

12世紀にアンコール朝のスールヤヴァルマン2世がヒンドゥー教や仏教の影響のもと造営した。


アンコール=ワットの場所
アンコール=ワットの場所

ここらへん。

陳朝(ちんちょう)
陳朝(ちんちょう)

1225年 - 1400年

李朝に続いて大越国を統治した王朝。

3度にわたる元軍の侵攻を撃退した。


アンコール=トム
アンコール=トム

13世紀初頭に造営されたアンコール朝の王都の遺跡。

アユタヤ朝(アユタヤちょう)
アユタヤ朝(アユタヤちょう)

1351年 - 1767年

タイ人の王朝。

上座部仏教が信仰された。


マラッカ王国
マラッカ王国

1400年頃 - 1511年

マレー半島西南部の王国。

インド洋と南シナ海を結ぶ中継交易で栄えた。

15世紀半ばに統治者たちがイスラーム教に改宗した。

東南アジア最初の本格的なイスラーム国家。

ポルトガル人に滅ぼされた。

イスラーム教
イスラーム教

マラッカ王国は東南アジア最初の本格的なイスラーム国家。


黎朝は明から独立する(れいちょうはみんからどくりつする)
黎朝は明から独立する(れいちょうはみんからどくりつする)

黎朝は明を撃退して独立することで建てられた。

黎朝(れいちょう)
黎朝(れいちょう)

1428年 - 1527年、1532年 - 1789年

明軍を撃退して独立したベトナム王朝。

西山の乱で滅亡した。


米(こめ)
米(こめ)

14世紀末から16世紀にかけ、東南アジアは中継貿易で繁栄したが、自前の産品として米を輸出することもあった。

ポルトガル人がマラッカ王国を滅ぼす
ポルトガル人がマラッカ王国を滅ぼす

1511年

ポルトガル人がマラッカ王国を滅ぼした。


ポルトガル
ポルトガル

ポルトガルは16世紀初めにマラッカ王国を占領した。

アチェ王国
アチェ王国

15世紀末 - 1903年

スマトラ島北部のイスラーム国家。

マラッカ王国がポルトガル人に滅ぼされた後、ムスリム商人の受け皿となり、香辛料交易の中心地として発展した。


アチェ王国はスマトラ島に成立する(アチェおうこくはスマトラとうにせいりつする)
アチェ王国はスマトラ島に成立する(アチェおうこくはスマトラとうにせいりつする)

アチェ王国は15世紀にスマトラ島に成立した。

スマトラ島の場所
スマトラ島の場所

スマトラ島の場所はここです。


フィリピン
フィリピン

1565年のレガスピの領有宣言以来、長くスペインの植民地支配を受け、住民の大部分がカトリック。

スペインがフィリピンを植民地支配する
スペインがフィリピンを植民地支配する

スペインがフィリピンを植民地支配した。


フィリピンは大部分がカトリック
フィリピンは大部分がカトリック

フィリピンは住民の大部分がカトリック。

マニラ
マニラ

スペインがフィリピン経営の拠点とした港市。

メキシコのアカプルコとのガレオン貿易で栄えた。


マタラム王国(マタラムおうこく)
マタラム王国(マタラムおうこく)

1580年代末頃 - 1755年

ジャワ島中・東部のイスラーム国家。

18世紀半ばにオランダの介入で王家が分裂し、その後オランダの支配を受けた。

オランダがバタヴィアを拠点とする
オランダがバタヴィアを拠点とする

オランダ東インド会社はジャワ島のバタヴィアを拠点とし、ポルトガル商人を締め出した。


アンボイナ事件
アンボイナ事件

1623年

モルッカ諸島のアンボイナ島で起こった事件。

オランダ商館襲撃の陰謀を理由にオランダ人がイギリス商館員を殺害した。

これを契機にオランダ東インド会社はイギリス勢力をインドネシアから締め出した。

また、この事件はイギリスをインド経営に向かわせた。

1623年
1623年

アンボイナ事件が起きたのは1623年。

覚え方は「ヒ(1)ーロ(6)ー不(2)在(3)のアンボイナ事件」。


オランダがマタラム王国を支配する
オランダがマタラム王国を支配する

オランダがマタラム王国を支配するようになり、最終的にマタラム王国は消滅した。

海峡植民地(かいきょうしょくみんち)
海峡植民地(かいきょうしょくみんち)

1826年

イギリスがマレー半島に築いた植民地の事。

ペナン、マラッカ、シンガポールからなる。


フランスがカンボジアを保護国とする
フランスがカンボジアを保護国とする

1863年

帝国主義時代、フランス(ヨーロッパにある国)がカンボジアを保護国とした。

西山の乱(せいざんのらん)
西山の乱(せいざんのらん)

1771年 - 1802年

ベトナムで起きた内乱。

タイソンの乱ともいう。


劉永福(りゅうえいふく)
劉永福(りゅうえいふく)

1837年 - 1917年

中国の軍人。

ベトナムで黒旗軍を組織した。

黒旗軍(こっきぐん)
黒旗軍(こっきぐん)

フランスのベトナム侵略に抵抗した中国の農民軍(中国はベトナムの宗主国だった)。

劉永福が組織した。


ラーマ5世(らーまごせい)
ラーマ5世(らーまごせい)

1853年 - 1910年

タイの国王(在位:1868年 - 1910年)。

西欧列強による植民地獲得の動きが強まると、それに対抗するために国王ラーマ5世と王族たちを中心として近代化政策が進められた。

ホセ=リサール
ホセ=リサール

1861年 - 1896年

独立を求めてフィリピンの民族運動を指導し、スペインに対抗した。

1896年に銃殺された。

1898年のアメリカ=スペイン戦争の後、フィリピンはアメリカが領有した。


アギナルド
アギナルド

1869年 - 1964年

フィリピンの独立運動を指導して、アメリカに対抗した。

1901年にアメリカに降伏した。

イスラーム同盟(イスラームどうめい)
イスラーム同盟(イスラームどうめい)

1911年結成。

インドネシア地域で独立運動を展開した。


ホー=チ=ミン
ホー=チ=ミン

1890年 - 1969年

ベトナムの政治家。

1925年にベトナム青年革命同志会を結成した。

ベトナム青年革命同志会(ベトナムせいねんかくめいどうしかい)
ベトナム青年革命同志会(ベトナムせいねんかくめいどうしかい)

1925年

ホー=チ=ミンが結成した組織。

のちにベトナムの独立運動を中心となって担っていくインドシナ共産党の母体となった。


アウン=サン
アウン=サン

1915年 - 1947年

ビルマ(のちのミャンマー)の独立運動を進めた。

タキン党
タキン党

ビルマの反イギリス組織。

ビルマの独立運動を推進した。


ベトナム民主共和国
ベトナム民主共和国

1945年

日本の敗戦後、独立を宣言したベトナムの国家。

初代大統領はホー=チ=ミン(在任:1945年 - 1969年)。

インドネシア
インドネシア

1945年に建国五原則(パンチャシラ)を発表し、オランダから独立した。

現在では世界最大のムスリム人口を擁する。


インドシナ戦争
インドシナ戦争

1946年 - 1954年

ベトナム民主共和国と、再植民地化を狙うフランスとの戦争。

1954年のジュネーヴ会議でジュネーヴ休戦協定が結ばれた。

ベトナム国
ベトナム国

1949年 - 1955年

フランスがベトナムの南側に建てた国。


ディエンビエンフー
ディエンビエンフー

1954年

インドシナ戦争に際してフランスが根拠地としたベトナムの町。

1954年に陥落したため、休戦が実現した。

アジア=アフリカ会議(アジア=アフリカかいぎ)
アジア=アフリカ会議(アジア=アフリカかいぎ)

1955年

バンドンで開催された会議。


バンドン
バンドン

アジア=アフリカ会議が開催された場所。

シンガポール共和国のマレーシア連邦からの独立
シンガポール共和国のマレーシア連邦からの独立

1965年

マレーシア連邦が人口の多数を占めるマレー人の優遇政策をとったのに反発し、華人とよばれる中国系住民が、1965年8月にシンガポールとして分離・独立した。


九・三〇事件(きゅう・さんれいじけん)
九・三〇事件(きゅう・さんれいじけん)

1965年

9月30日にインドネシアで起こった政治事件。

革命評議会が「反スカルノ=クーデタの阻止のため」という名目で陸軍幹部6名を殺害したのに対し、スカルノにかわってスハルトが事態の収拾にあたり、その活動を封じ込めた。

スカルノ
スカルノ

1901年 - 1970年

インドネシア独立運動の指導者。

1945年に初代大統領となったが、1965年の九・三〇事件を機に失脚した。


スハルト
スハルト

1921年 - 2008年

インドネシアの軍人。

1965年に起きた九・三〇事件において、スカルノにかわって事態の収拾にあたり、共産党の勢力に対しても弾圧を進め、後、大統領に就任(在任:1968年 - 1998年)した。

ポル=ポト
ポル=ポト

?年 - 1998年

1975年にカンボジアで成立した急進左派政権の指導者。

都市から農村への強制移住や、反対者の大量虐殺などをおこなった。


ベトナム
ベトナム

アメリカ軍の撤退後の1976年に統一された。

スハルト退陣(スハルトたいじん)
スハルト退陣(スハルトたいじん)

1998年

インドネシアで1968年から独裁体制を確立していたスハルトが辞任した。