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世界史

世界史の勉強法、覚え方【高校】

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南アジアの歴史【高校:世界史】

下に行くほど歴史的に新しい出来事です。

インダス文明(インダスぶんめい)
インダス文明(インダスぶんめい)

前2600年頃 - 前1800年頃

インダス川の中下流域で多くの都市が建設され、青銅器や文字の使用も始まった古代文明。

モエンジョ=ダーロ
モエンジョ=ダーロ

インダス文明時代の都市遺跡。


ハラッパー
ハラッパー

インダス文明時代の都市遺跡。

ダウ船(ダウせん)
ダウ船(ダウせん)

ダウ船は、インド洋交易で用いられた。


ヴェーダ
ヴェーダ

インド最古の聖典。

マガダ国(マガダこく)
マガダ国(マガダこく)

前6世紀頃 - 前1世紀

古代インドでは部族社会が崩れると、政治・経済の中心がガンジス川上流域から中・下流域へと移動し都市国家が生まれた。

それらの中から、マガダ国がガンジス川流域の統一を成し遂げた。

こうした状況の中で、仏教やジャイナ教などが生まれた。


バラモン教(バラモンきょう)
バラモン教(バラモンきょう)

紀元前5世紀頃にインドでバラモン教が成立した。

ヴァルナ制(ヴァルナせい)
ヴァルナ制(ヴァルナせい)

バラモン教において始まった身分(種姓)制度。

一番上の身分から「バラモン(司祭)」「クシャトリヤ(王族・戦士)」「ヴァイシャ(平民)」「シュードラ(隷属民)」とされる。

カースト制度の起源。


バラモン
バラモン

司祭階級。

ヴァルナ制で一番偉い階級。

クシャトリヤ
クシャトリヤ

王族・武人階級。

ヴァルナ制でニ番目に偉い階級。


ヴァイシャ
ヴァイシャ

庶民階級。

ヴァルナ制で三番目に偉い階級。

シュードラ
シュードラ

隷属民階級。

ヴァルナ制で四番目に偉い階級。


カースト制度(カーストせいど)
カースト制度(カーストせいど)

インドの身分制度。

アーリヤ人がインダス流域からガンジス流域に移住し、先住民を征服する過程で形成されたと考えられている。

ヒンドゥー教(ヒンドゥーきょう)
ヒンドゥー教(ヒンドゥーきょう)

バラモン教を原型としたインドの宗教。

シヴァ神、ヴィシュヌ神などが主神。


シヴァ神(シヴァしん)
シヴァ神(シヴァしん)

ヒンドゥー教の主神の一つ。

ガウタマ=シッダールタ
ガウタマ=シッダールタ

前463年頃 - 前383年頃

仏教を開いた人。

釈迦として知られる。


仏教(ぶっきょう)
仏教(ぶっきょう)

ガウタマ=シッダールタが北インドで創始した宗教。

開祖はガウタマ=シッダールタと同時代に活躍した人。

ジャイナ教と共通する特徴として、ヴァルナ制、バラモン教の祭式やヴェーダ聖典の権威を否定し、正しい修行により輪廻からの解脱が可能であると説き、バラモンの支配に反発するクシャトリヤやヴァイシャの支持を得た。

ジャイナ教(ジャイナきょう)
ジャイナ教(ジャイナきょう)

インドの宗教の一つ。

開祖はガウタマ=シッダールタと同時代に活躍したバルダマーナという人。

仏教と共通する特徴としてヴァルナ制、バラモン教の祭式やヴェーダ聖典の権威を否定し、正しい修行により輪廻からの解脱が可能であると説き、バラモンの支配に反発するクシャトリヤやヴァイシャの支持を得た。


ウパニシャッド哲学(ウパニシャッドてつがく)
ウパニシャッド哲学(ウパニシャッドてつがく)

仏教やジャイナ教などの新宗教が出現する一方で、従来の宗教でも改革の動きが進んでいたが、その動きから出てきた哲学。

マウリヤ朝(マウリヤちょう)
マウリヤ朝(マウリヤちょう)

前321年頃 - 185年頃

インド最初の統一王朝。


パータリプトラ
パータリプトラ

マウリヤ朝の都。

パータリプトラの場所
パータリプトラの場所

パータリプトラの場所。


チョーラ朝
チョーラ朝

前3世紀頃 - 後4世紀頃、9世紀 - 13世紀

南インドに成立した王朝。

海上交易で栄えた。

4世紀に一度滅び、9世紀に再興した。

宋に使節を送った。

アショーカ王(アショーカおう)
アショーカ王(アショーカおう)

? - ?

古代インドで興った王朝であるマウリヤ朝の第3代王(在位:前268年頃 - 前232年頃)。

仏教を保護した。


磨崖碑・石柱碑(まがいひ・せきちゅうひ)
磨崖碑・石柱碑(まがいひ・せきちゅうひ)

? - ?

辺境各地の岩壁(磨崖)やガンジス川流域の各地に建てた石柱にアショーカ王の詔勅を刻んだ碑。

マヌ法典(マヌほうてん)
マヌ法典(マヌほうてん)

前200年頃 - 後200年頃にまとめられたインドの法典。


サータヴァーハナ朝(サータヴァーハナちょう)
サータヴァーハナ朝(サータヴァーハナちょう)

前1世紀 - 後3世紀

デカン高原で建国された王朝。

2世紀には南インドの東西両岸を支配してインド洋交易で栄えた。

大乗仏教(だいじょうぶっきょう)
大乗仏教(だいじょうぶっきょう)

1世紀頃に興った仏教の二大流派の一つ。

「出家した僧が厳しい修行を積む上座部仏教は、自身の悟りのみを目指す利己的なものである」と批判し、自身の悟りよりも人々の救済を優先する菩薩信仰により、在家でも悟りを得られると主張した。


エリュトゥラー海案内記(エリュトゥラーかいあんないき)
エリュトゥラー海案内記(エリュトゥラーかいあんないき)

1世紀頃のインド洋沿岸の港市や物産について記された書物。

ギリシア人が書いたとされる。

クシャーナ朝(クシャーナちょう)
クシャーナ朝(クシャーナちょう)

1世紀 - 3世紀

西北インドに成立した王朝。

2世紀半ばに最盛期を迎え、北は中央アジアから南はガンジス川流域に及ぶ広大な領域を支配した。


カニシカ王(カニシカおう)
カニシカ王(カニシカおう)

クシャーナ朝の最盛期の王(在位:130年頃 - 170年頃)。

クシャーナ朝が大乗仏教を保護する(クシャーナちょうがだいじょうぶっきょうをほごする)
クシャーナ朝が大乗仏教を保護する(クシャーナちょうがだいじょうぶっきょうをほごする)

クシャーナ朝は大乗仏教を保護した。


ガンダーラ美術(ガンダーラびじゅつ)
ガンダーラ美術(ガンダーラびじゅつ)

クシャーナ朝時代の北インドに栄えた、ギリシア文化やへレニズム文化の影響をうけてつくられた独特な仏教美術。

グプタ朝(グプタちょう)
グプタ朝(グプタちょう)

320年 - 550年頃

北インドを支配した王朝。


ラーマーヤナ
ラーマーヤナ

インドでグプタ朝のころまでに完成したサンスクリット叙事詩。

エフタルの侵入でグプタ朝が衰退する
エフタルの侵入でグプタ朝が衰退する

エフタルの侵入でグプタ朝は衰退し、550年頃に滅亡した。


ハルシャ王(ハルシャおう)
ハルシャ王(ハルシャおう)

590年頃 - 647年

ヴァルダナ朝の創始者(在位:606年 - 647年)。

北インドを再統一した。

ヴァルダナ朝(ヴァルダナちょう)
ヴァルダナ朝(ヴァルダナちょう)

606年 - 647年

7世紀前半に成立した古代北インド最後の統一王朝。

年号の覚え方は「ろく(6)でなし(0)、ロック(6)ンロール、ヴァルダナ朝」です。


ガズナ朝(ガズナちょう)
ガズナ朝(ガズナちょう)

977年 - 1187年

アフガニスタンのガズナに建てられたイスラム王朝。

1000年頃から北インドへ侵入し、略奪をくりかえした。

チョーラ朝は宋に使節を派遣した
チョーラ朝は宋に使節を派遣した

チョーラ朝は宋に使節を派遣した。


アイバク
アイバク

? - 1210年

デリーに奴隷王朝を建てた建国者(在位:1206年 - 1210年)。

クトゥブ=ミナールを建てた。

奴隷王朝(どれいおうちょう)
奴隷王朝(どれいおうちょう)

1206年 - 1290年

アイバクがデリーに建国したインド最初のイスラム王朝。


クトゥブ=ミナール
クトゥブ=ミナール

アイバクが建てた塔。

後に世界遺産。

ハルジー朝(ハルジーちょう)
ハルジー朝(ハルジーちょう)

1290年 - 1320年

トルコ系王朝。

スルタンの称号を使用した。


スルタン
スルタン

イスラム王朝の君主の称号。

ヴィジャヤナガル王国
ヴィジャヤナガル王国

1336年 - 1649年

デカン高原中南部から南インドを支配した王国。

軍事力を高めるためインド洋交易で大量の馬を輸入した。


ナーナク
ナーナク

1469年 - 1539年

インドの宗教家。

シク教を創始した。

シク教(シクきょう)
シク教(シクきょう)

ナーナクが創始した宗教。


カリカット
カリカット

1498年にポルトガルのヴァスコ=ダ=ガマが到達したインド西岸の港市。

ヴァスコ=ダ=ガマ
ヴァスコ=ダ=ガマ

1469年頃 - 1524年

ポルトガルの航海者。探検家。

1498年にインドのカリカットに到達し、東洋航路を発見した。


ゴア
ゴア

インド西岸の港市。

1510年からポルトガル領。

ポルトガルがアジア貿易の拠点とした。

ザビエルがアジア布教の拠点とした。

ゴアの場所
ゴアの場所

ここです。


バーブル
バーブル

1483年 - 1530年

ムガル帝国を建てた人。

ムガル帝国初代皇帝(在位:1526年 - 1530年)。

ティムールの子孫。

のちにチャガタイ語文学の傑作といわれる回想録『バーブル=ナーマ』を著した。

ムガル帝国
ムガル帝国

1526年 - 1858年

トルコ系イスラム王朝。


ムガル帝国の場所
ムガル帝国の場所

16世紀初頭から北インド、17世紀末から18世紀初頭にはインド南端部を除くインド亜大陸を支配した。

ペルシア語
ペルシア語

ムガル帝国ではペルシア語が公用語として用いられた。


ウルドゥー語
ウルドゥー語

ムガル帝国の宮廷で発達し、現在のパキスタンの国語となった言語。

アクバル
アクバル

1542年 - 1605年

ムガル帝国第3代皇帝(在位:1556年 - 1605年)。


マンサブダール制(マンサブダールせい)
マンサブダール制(マンサブダールせい)

ムガル帝国でアクバル帝が採用した支配階層への組織制度。

アウラングゼーブ
アウラングゼーブ

1618年 - 1707年

ムガル帝国第6代皇帝(在位:1658年 - 1707年)。

シク教徒を弾圧し、反乱を受けた。


ムガル帝国はアウラングゼーブの時に領土最大
ムガル帝国はアウラングゼーブの時に領土最大

ムガル帝国はアウラングゼーブの時に領土が最大になった。

シク教徒の反乱(シクきょうとのはんらん)
シク教徒の反乱(シクきょうとのはんらん)

17世紀以降、アウラングゼーブはパンジャーブ地方で有力化していたシク教勢力を迫害し、シク教徒はムガル帝国と軍事対立をするようになった。


ポンディシェリ
ポンディシェリ

インド東岸の都市。

1674年にフランスが占領、

フランス東インド会社が拠点を置いた。

イギリス東インド会社(イギリスひがしインドがいしゃ)
イギリス東インド会社(イギリスひがしインドがいしゃ)

アジア貿易を目的に設立されたイギリスの特権会社。

アウラングゼーブ死後、ムガル帝国は勢力を失い地方勢力が争うようになった。イギリス東インド会社はこうした争いに介入し、支配を広げ、19世紀半ばまでにはインド全域を制圧した。


マドラス・ボンベイ・カルカッタ
マドラス・ボンベイ・カルカッタ

イギリス東インド会社は、マドラス・ボンベイ・カルカッタを管区としてイギリス人総督を任命した。

マドラス
マドラス

インド南東岸の都市。

イギリスのインド進出の拠点のひとつ。


ボンベイ
ボンベイ

インド西岸の都市。

イギリスのインド進出の拠点のひとつ。

カルカッタ
カルカッタ

インド北東部の港湾都市。

イギリスのインド進出の拠点のひとつ。


シャンデルナゴル
シャンデルナゴル

インド北東部、ベンガル地方の都市。

フランス東インド会社が拠点とし、インドで勢力を拡大しようとした。

ボンディシェリ
ボンディシェリ

インド東岸部の都市。

フランス東インド会社が拠点とし、インドで勢力を拡大しようとした。


マラーター同盟(マラーターどうめい)
マラーター同盟(マラーターどうめい)

1708年 - 1818年

インドのマラーター王国を中心に結成されたヒンドゥー教徒諸侯の同盟。

カーナティック戦争(カーナティックせんそう)
カーナティック戦争(カーナティックせんそう)

1744年 - 1763年

イギリスとフランスの現地勢力を巻き込んだインド争奪戦。

3次にわたって行われた。

最終的にイギリスが勝利した。

フランスがインド経営から後退した契機のひとつ。


プラッシーの戦い(プラッシーのたたかい)
プラッシーの戦い(プラッシーのたたかい)

1757年

イギリス東インド会社がフランスと地方政権の連合軍を破った戦い。

フランスがインド経営から後退した契機のひとつ。

1757年
1757年

プラッシーの戦いが起きたのは1757年。

「イナゴ(175)が鳴(7)くよ」プラッシーの戦い、です。


ザミンダーリー制
ザミンダーリー制

1793年

イギリスがインド支配のために導入した地税徴収制度。

イギリスとインドと綿布(イギリスとインドとめんぷ)
イギリスとインドと綿布(イギリスとインドとめんぷ)

18世紀にはインド産の綿布がイギリスに輸出されていたが、18世紀末にイギリスで産業革命が起こると、逆にイギリスの機械製の綿布がインドに輸出されるようになった。

その結果、インドのイギリス向け主要輸出品は綿花・藍・麻・コーヒー・茶となった。


ライヤットワーリー制(ライヤットワーリーせい)
ライヤットワーリー制(ライヤットワーリーせい)

19世紀初めにイギリスがインド南部や西部で採用した地税徴収制度。

農民から直接徴税した。

アヘン
アヘン

19世紀のインドの中国向け主要輸出品はアヘンだった。


シク戦争(シクせんそう)
シク戦争(シクせんそう)

1845年 - 1846年、1848年 - 1849年

シク王国と英国軍の戦い。

イギリスが勝利してパンジャーブ地方を併合し、イギリス東インド会社はインド全域を支配するようになり、さらに藩王国をとりつぶして直轄領とする政策を進めた。

年号の覚え方は「嫌よ(184)こ(5)わいよシク戦争」です。

パンジャーブ
パンジャーブ

イギリスはシク戦争に勝利した結果、パンジャーブ地方を併合した。


藩王国(はんおうこく)
藩王国(はんおうこく)

イギリスがインドを植民地統治していた時期に、イギリスの従属下で、旧来の支配者が一定の自治権を認められていた地域。

シパーヒー
シパーヒー

イギリス東インド会社が植民地支配のために雇用したインド人傭兵のこと。

イギリスのインド支配への反感が高まる中、1857年5月、シパーヒーが蜂起し、大反乱がはじまった。

シパーヒーはムガル皇帝を擁立してデリーを拠点に戦ったが、9月にはデリーが陥落し、インド各地での抵抗も1859年までには終息した。


インド大反乱(インドだいはんらん)
インド大反乱(インドだいはんらん)

1857年 - 1859年

英国の支配に対して起こったインドの大反乱。

「シパーヒーの反乱」とも呼ばれる。

これが原因でイギリス東インド会社が解散された。

ムガル帝国滅亡(ムガルていこくめつぼう)
ムガル帝国滅亡(ムガルていこくめつぼう)

1858年

イギリス国王への反乱罪でムガル皇帝がビルマに流刑となり、ムガル帝国は滅亡した。


イギリス東インド会社の解散(イギリスひがしインドがいしゃのかいさん)
イギリス東インド会社の解散(イギリスひがしインドがいしゃのかいさん)

1858年

インド大反乱(シパーヒーの反乱)の責任を問われ解散した。

イギリスは反乱鎮圧後、直接的な統治に着手した。

1858年
1858年

イギリス東インド会社の解散は1858年。

覚え方は「イ(1)ンドはこわ(858)い!イギリス東インド会社解散」です。


ディズレーリがインド帝国を成立させる(ディズレーリがインドていこくをせいりつさせる)
ディズレーリがインド帝国を成立させる(ディズレーリがインドていこくをせいりつさせる)

1877年

保守党のディズレーリがインド帝国を成立させた。

ヴィクトリア女王(ヴィクトリアじょおう)
ヴィクトリア女王(ヴィクトリアじょおう)

1819年 - 1901年

イギリス・ハノーヴァー朝の第6代女王(在位:1837年 - 1901年)。

シパーヒーの反乱鎮圧後、イギリスは東インド会社を解散して直接的な統治に着手し、1877年にヴィクトリア女王をインド皇帝(在位:1877年 - 1901年)とするインド帝国が成立した。


インド帝国(インドていこく)
インド帝国(インドていこく)

1877年 - 1947年

イギリスは東インド会社を解散してインドを直接統治することにし、1877年、インド帝国が成立した。

インド国民会議(インドこくみんかいぎ)
インド国民会議(インドこくみんかいぎ)

1885年結成

インド人の意見を諮問する機関として、民族資本家や近代的な学校教育を受けた知識人などのインド人エリートを中心に結成された。


ベンガル分割令
ベンガル分割令

1905年

イギリスのインド総督が出した法令。

ベンガル地方をヒンドゥー教徒の多い西ベンガルと、ムスリムの多い東ベンガルとに分割し、宗教上の対立を利用してインドの民族運動を分断しようとした。

が、返って民族運動は急進化した。

1911年廃止。

全インド=ムスリム連盟
全インド=ムスリム連盟

1906年

イギリスの支援で結成されたインドのムスリム政治団体。

当初はイギリスに協調的だったが、1916年に国民会議と協定を結んで民族運動に参加した。

年号の覚え方は「人手が足りない、人くれろ(1906)。全インド=ムスリム連盟結成」です。


4綱領(よんこうりょう)
4綱領(よんこうりょう)

1906年

カルカッタ大会でインド国民会議はベンガル分割令に反対し、「英貨排斥」「スワデーシ」「スワラージ」「民族教育」の4綱領を決議し、英国への対抗姿勢を明確にした。

スワデーシ
スワデーシ

インド国民会議が1906年のカルカッタ大会で決議した4綱領のひとつ。

国産品愛用のこと。


スワラージ
スワラージ

インド国民会議が1906年のカルカッタ大会で決議した4綱領のひとつ。

自治獲得のこと。

ネルー
ネルー

1889年 - 1964年

インドの初代首相(在任:1947年 - 1964年)。

1961年に第1回非同盟諸国首脳会議に出席した。


ダライ=ラマ14世
ダライ=ラマ14世

1935年 -

チベット仏教の最高指導者。

1959年にインドへ亡命。