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世界史

世界史の勉強法、覚え方【高校】

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東アジアの歴史【高校:世界史】

下に行くほど歴史的に新しい出来事です。

竜山文化(りゅうざんぶんか)
竜山文化(りゅうざんぶんか)

中国の新石器時代末期の文化。

黒陶を特色とする。

殷(いん)
殷(いん)

前16世紀頃 - 前11世紀頃

現在実在を確認できる最古の王朝。夏という王朝を滅ぼして建てられた。

神々の祭祀や甲骨による占いなど宗教的儀礼による政治支配を行った。

甲骨文字が使われた。


甲骨文字(こうこつもじ)
甲骨文字(こうこつもじ)

殷の時代に占いの記録に使われた文字。

亀の甲羅や牛の骨などに彫られた象形文字。

亀甲(きっこう)
亀甲(きっこう)

殷は亀甲で神意を占い政治運営を行うなど、宗教的権威をもとに支配した。


殷墟(いんきょ)
殷墟(いんきょ)

現在の河南省安陽市にある、殷王朝後期の都の遺跡。

数多くの青銅器が出土している。

殷の滅亡(いんのめつぼう)
殷の滅亡(いんのめつぼう)

前11世紀

西方から興った周の勢力がしだいに強くなり、殷は周との決戦に敗れ滅亡した。


周(しゅう)
周(しゅう)

前11世紀頃 - 前256年

中国古代の王朝。

前11世紀に殷を滅ぼした。

都は鎬京。

周の都は鎬京(こうけい)
周の都は鎬京(こうけい)

周の都は鎬京です。


周の封建制(しゅうのほうけんせい)
周の封建制(しゅうのほうけんせい)

周王は一族・功臣・家臣などに領地(封土)を与えた。

領地(封土)を与えられた見返りとして、諸侯は周王に「軍役」「貢納」の義務を課された。

西欧の封建制は契約関係であったのに対し、(中国の)周の封建制は血縁関係に基づ(土地を与える王と土地を与えられる諸侯は基本的に血縁関係にあった)いていた。

軍役(ぐんえき)
軍役(ぐんえき)

周の封建制における、諸侯の義務のひとつ。

戦争のときは、周王のために戦う義務。


貢納(こうのう)
貢納(こうのう)

周の封建制における、諸侯の義務のひとつ。

みつぎものをおさめる義務。

宗法(そうほう)
宗法(そうほう)

親族関係の秩序やそれに応じた祭祀のやり方を定めた規則。

周の封建制のもと、血縁関係が重視されたために作られた。


周は洛邑に遷都する(しゅうはらくゆうにせんとする)
周は洛邑に遷都する(しゅうはらくゆうにせんとする)

前770年

犬戎の侵入を受けたため、周は東の洛邑に遷都した。

周王の権威は落ち、諸侯は自立の傾向を強めた。

洛邑は後に洛陽と称されるようになる。

春秋時代(しゅんじゅうじだい)
春秋時代(しゅんじゅうじだい)

前770年 - 前403年

周の洛邑への遷都から晋が三分して韓・魏・趙が独立するまでの360年間のこと。

有力諸侯は形式的には周王を尊重しつつも、自立の傾向を強めた。

後の戦国時代と合わせて春秋・戦国時代ともいう。


春秋・戦国時代(しゅんじゅう・せんごくじだい)
春秋・戦国時代(しゅんじゅう・せんごくじだい)

前770年 - 前221年

中国の時代区分。

この時代には数多くの思想家が輩出し、学問の自由があった。

覇者(はしゃ)
覇者(はしゃ)

春秋時代に、同盟を呼びかけて盟主となり、主導権を握った有力諸侯のこと。


農業技術の革新(のうぎょうぎじゅつのかくしん)
農業技術の革新(のうぎょうぎじゅつのかくしん)

春秋時代の中期以降、それまでの石や木の農具から、鉄製農具の使用や牛耕が行われるようになった。

生産力が向上し小家族経営が可能となったため、氏族の統制が緩み、世襲的な身分制度が崩れて実力主義の傾向があらわれた。

諸子百家(しょしひゃっか)
諸子百家(しょしひゃっか)

春秋・戦国時代に現れた多くの思想家たちの総称。


孔子(こうし)
孔子(こうし)

前551年頃 - 前479年

春秋時代の終わり頃、小国の魯の国で活動した思想家。

儒家の祖。

儒家(じゅか)
儒家(じゅか)

孔子を祖とする学派。

家族道徳を社会の根本として位置づけた。


論語(ろんご)
論語(ろんご)

孔子とその弟子たちの言行録。

墨子(ぼくし)
墨子(ぼくし)

前480年頃 - 前390年頃

思想家。

非攻(防御)と節約を説いた。


墨家(ぼっか)
墨家(ぼっか)

諸子百家のひとつ。

墨子の説を奉じる。

兼愛・非攻を説いた。

兼愛(けんあい)
兼愛(けんあい)

墨子の唱えた無差別の愛。


非攻(ひこう)
非攻(ひこう)

墨子、および墨子の説を奉じる墨家が説いた防御のこと。

侵略戦争を否定したもの。

戦国時代(せんごくじだい)
戦国時代(せんごくじだい)

前403年 - 前221年

中国の時代区分のひとつ。

下剋上の風潮が広まった。

諸侯は周王を無視して王を自称し、抗争が激化した。

春秋時代と戦国時代をあわせて春秋戦国時代という呼び方もする。


戦国の七雄(せんごくのしちゆう)
戦国の七雄(せんごくのしちゆう)

秦、楚、燕、韓、魏、趙、斉の7つの国のこと。

戦国時代、小国の併合が進んだ結果、戦国の七雄と呼ばれる特に有力な七大国が出揃い、勢力争いを展開した。

秦(しん)
秦(しん)

紀元前8世紀頃 - 前206年

戦国時代の中国に存在した国。

戦国の七雄のひとつ。

都は咸陽。


秦の都は咸陽(しんのみやこはかんよう)
秦の都は咸陽(しんのみやこはかんよう)

秦の都は咸陽。

渭水の北岸に位置する。

楚(そ)
楚(そ)

?年 - 前223年

戦国時代の中国に存在した国。

戦国の七雄のひとつ。


燕(えん)
燕(えん)

?年 - 前222年

戦国時代の中国に存在した国。

戦国の七雄のひとつ。

韓(かん)
韓(かん)

前403年 - 前230年

戦国時代の中国に存在した国。

戦国の七雄のひとつ。

法家を代表する韓非は韓の王族の一人。


魏(ぎ)
魏(ぎ)

前403年 - 前225年

戦国時代の中国に存在した国。

戦国の七雄のひとつ。

趙(ちょう)
趙(ちょう)

前403年 - 前222年

戦国時代の中国に存在した国。

戦国の七雄のひとつ。

都は邯鄲。


邯鄲(かんたん)
邯鄲(かんたん)

趙の都。

斉(せい)
斉(せい)

紀元前379年 - 前221年

戦国時代の中国にあった国。

戦国の七雄のひとつ。

秦に滅ぼされた。


円銭(えんせん)
円銭(えんせん)

円形の貨幣。

斉、秦、魏などで使用された。

孟子(もうし)
孟子(もうし)

紀元前372年頃 - 前289年頃

中国、戦国時代の儒家。

「性善説」「易姓革命」「王道政治」を唱えた。


性善説(せいぜんせつ)
性善説(せいぜんせつ)

人間の本性は善であるとする説。

孟子が唱えた。

易姓革命(えきせいかくめい)
易姓革命(えきせいかくめい)

天命を受けた天子が悪政を行うと、天は天命を改めて別の有徳者を天子とし、禅譲(天子が位を世襲ではなく有徳の人にゆずること)や放伐(徳を失った君主を武力で追放すること)によって王朝を替えるとする考え。

孟子が唱えた。


王道政治(おうどうせいじ)
王道政治(おうどうせいじ)

力による統治である覇道に対して、孟子が説いた覇道より優れているとする徳による統治のこと。

縦横家(じゅうおうか)
縦横家(じゅうおうか)

諸子百家のひとつ。

時勢を読み、特に各国の外交戦略について諸侯に説いた人々。

蘇秦と張儀が有名。


蘇秦(そしん)
蘇秦(そしん)

? - 前317年

縦横家。

秦に対抗するため、協力して秦の圧力を防ごうという合従策を説いて6国を同盟したが、張儀の連衡策に敗れた。

張儀(ちょうぎ)
張儀(ちょうぎ)

? - 前310年/前309年

縦横家。

秦王の信任を得て、諸国に秦との個別の同盟関係を結ぶ連衡を説き成功した。


陰陽家(いんようか)
陰陽家(いんようか)

諸子百家のひとつ。

人間・社会と天体の運行の関連を説いた。

鄒衍(すうえん)
鄒衍(すうえん)

前305年 - 前240年

陰陽家の大成者。


稷下の学士(しょくかのがくし)
稷下の学士(しょくかのがくし)

斉の都に招かれた多くの学者のこと。

斉王は彼らを支援した。

荀子(じゅんし)
荀子(じゅんし)

前313年頃 - 前238年頃

稷下の学士の一人。思想家。

性悪説を説いた。


性悪説(せいあくせつ)
性悪説(せいあくせつ)

人間の本性は悪であるとする説。

荀子が唱えた。

秦(しん)
秦(しん)

紀元前778年 - 前206年

戦国の七雄の国の一つ。

都は咸陽。

紀元前221年には天下を統一した。

漢に滅ぼされた。


始皇帝(しこうてい)
始皇帝(しこうてい)

前259年 - 前210年

中国を統一した秦の王(前221年 - 前210年)。

生きている頃は嬴政という名だったが、彼は自分が死んだ後は自分のことを「始皇帝」と呼ぶよう定めた。

郡県制(ぐんけんせい)
郡県制(ぐんけんせい)

秦の制度。

全国を郡と県に区分し、中央から官吏を派遣して治めた中央集権制度。


半両銭(はんりょうせん)
半両銭(はんりょうせん)

始皇帝が鋳造した貨幣。

これにより、国ごとに異なっていた貨幣の統一をはかった。

法家(ほうか)
法家(ほうか)

儒家の述べる徳ではなく、法による統治を主張した。

代表的な人物に、韓非と李斯がいる。


韓非(かんぴ)
韓非(かんぴ)

? - 前233年

法家の思想家。

韓の国の王族。

李斯とともに荀子に学ぶ。

李斯は韓非に及ばないことを察し、韓非を毒殺した。

李斯(りし)
李斯(りし)

? - 前208年

始皇帝に仕えた法家の思想家。

韓非とともに荀子に学ぶ。

李斯は韓非に及ばないことを察し、韓非を毒殺した。


焚書・坑儒(ふんしょ・こうじゅ)
焚書・坑儒(ふんしょ・こうじゅ)

始皇帝により、医薬・占い・農業関係などの実用書を除く民間の書物すべてが没収され焼き捨てられ、儒家の学者たちは生き埋めにされたことを指して言う。

戦国時代に諸国で発達した思想・文化を中央で統制するために行われた。

兵馬俑(へいばよう)
兵馬俑(へいばよう)

兵士と馬をかたどった像。

始皇帝の陵墓近くから出土した。


匈奴(きょうど)
匈奴(きょうど)

前3世紀末から後1世紀末にかけて、モンゴル高原を中心に活躍した遊牧騎馬民族。

陳勝・呉広の乱(ちんしょうごこうのらん)
陳勝・呉広の乱(ちんしょうごこうのらん)

秦末に起こった反乱。


漢(かん)
漢(かん)

紀元前202年 - 220年

中国の王朝。

都は長安。

前漢(前202年 - 後8年)と後漢(25年 - 220年)に分かれる。

劉邦(りゅうほう)
劉邦(りゅうほう)

前256年 - 前195年

漢を建てた人。


高祖(こうそ)
高祖(こうそ)

漢の初代皇帝である劉邦の廟号(びょうごう。亡くなった後、先祖を祭るための廟に名を載せる際に贈られる名前)。

郡国制(ぐんこくせい)
郡国制(ぐんこくせい)

漢の高祖が採用した制度。

直轄地に郡県制(郡の下に県をおき、中央から派遣した官吏に治めさせる)、それ以外に封建制(領地を与える代わりに軍役と貢納の義務を課した)を適用した。

郡県制と封建制を合わせたものを郡国制という。


冒頓単于(ぼくとつぜんう)
冒頓単于(ぼくとつぜんう)

? - 前174年

匈奴の全盛期を現出した人。

前3世紀末に北アジアを統一した。

漢の高祖も破り、有利な条件で和約を結んだ。

冒頓単于が劉邦を破る(ぼくとつぜんうがりゅうほうをやぶる)
冒頓単于が劉邦を破る(ぼくとつぜんうがりゅうほうをやぶる)

匈奴の全盛期を現出した冒頓単于は漢の高祖(劉邦)を破り、有利な条件で和約を結んだ。


呉楚七国の乱(ごそしちこくのらん)
呉楚七国の乱(ごそしちこくのらん)

前154年

漢の諸侯王抑圧策に対し呉・楚などの7諸侯が起こした反乱。

鎮圧された。

武帝(ぶてい)
武帝(ぶてい)

前156年 - 前87年

前漢の第7代皇帝(在位:前141年 - 前87年)。

冒頓単于との和約を破棄して反攻を開始した。


大月氏(だいげっし)
大月氏(だいげっし)

漢から見て西方に存在していた民族。

張騫(ちょうけん)
張騫(ちょうけん)

?年 - 前114年

漢の外交官。

武帝は北方の匈奴の挟撃のために、張騫を西方の大月氏に派遣した。

これにより西域の事情が初めて明らかとなった。


汗血馬(かんけつば)
汗血馬(かんけつば)

血のような汗を出すと言われる名馬。

匈奴との戦いには優良な馬が必要であったため、漢は中央アジアに使節や軍隊を送り、汗血馬を求めた。

郷挙里選(きょうきょりせん)
郷挙里選(きょうきょりせん)

武帝が制定した官吏任用制度。


塩・鉄・酒の専売(しお・てつ・さけのせんばい)
塩・鉄・酒の専売(しお・てつ・さけのせんばい)

拡大政策をとり、財政難に陥った前漢の武帝がとった経済統制策。

塩・鉄・酒を国の専売(国だけが、塩、鉄、酒を売っていい)にし、国の収入増を図った。

均輸(きんゆ)
均輸(きんゆ)

拡大政策をとり、財政難に陥った前漢の武帝がとった経済統制策。

特産物を納めさせ、不足地に輸送・転売することで、国の収入増を図った。

「物資が『均』等に行き渡るように『輸』送するよ」って覚えよう。


平準(へいじゅん)
平準(へいじゅん)

拡大政策をとり、財政難に陥った前漢の武帝がとった経済統制策。

国が余剰物資を買い上げ、価格高騰時に販売することで、物価抑制を図った。

「価格が乱高下せず、『平』均的な価格に『準』拠するように調整するよ」って覚えよう。

五銖銭(ごしゅせん)
五銖銭(ごしゅせん)

武帝の時代に鋳造された青銅銭。


司馬遷(しばせん)
司馬遷(しばせん)

前145年頃 - 前86年頃

前漢の歴史家。

武帝の治世の下で『史記』を著した。

『史記』(しき)
『史記』(しき)

司馬遷が書いた中国の歴史書。

太古から武帝までの時代を叙述したもの。

紀伝体とよばれる形式で、皇帝の事績を記述した「本紀」と、功臣などの伝記を記した「列伝」を中心に構成されている。


世家(せいか)
世家(せいか)

『史記』の中で、諸侯の歴史を記述した個所のこと。

『史記』の列伝ではそれぞれの思想家の人物を取り上げているが、儒家の孔子だけは、諸侯ではないものの世家に記述されている。

衛氏朝鮮(えいしちょうせん)
衛氏朝鮮(えいしちょうせん)

前190年頃 - 前108年

衛満が建てた国。

前漢の武帝に滅ぼされた。


衛満(えいまん)
衛満(えいまん)

?年 - ?年

衛氏朝鮮を建国した人。

高句麗(こうくり)
高句麗(こうくり)

前1世紀頃 - 668年

朝鮮半島北部にあった国。


百済(くだら)
百済(くだら)

4世紀半ば - 660年

朝鮮半島西南部にあった国。

新羅(しらぎ)
新羅(しらぎ)

前57年 - 935年

朝鮮半島南東部にあった国。

都は金城。


金城(きんじょう)
金城(きんじょう)

新羅の都。

現在の慶州。

骨品制(こっぴんせい)
骨品制(こっぴんせい)

新羅の氏族的身分制度。


三国時代(さんごくじだい)
三国時代(さんごくじだい)

朝鮮で高句麗・新羅・百済が並び立った時代。

王莽(おうもう)
王莽(おうもう)

前45年 - 後23年

漢の外戚(皇帝の母方の親族)。

漢の皇帝を廃して自ら皇帝となり、新を建国した。


新(しん)
新(しん)

8年 - 23年

王莽が建てた国。

赤眉の乱によって滅んだ。

赤眉の乱(せきびのらん)
赤眉の乱(せきびのらん)

18年 - 27年

新末期に起こった農民反乱。

年号の覚え方は「嫌(18)だ来ないで赤眉の乱」です。


劉秀(りゅうしゅう)
劉秀(りゅうしゅう)

前6年 - 後57年

漢の一族の一人。

漢を復興(後漢)し、劉秀は後漢の初代皇帝「光武帝(こうぶてい)」となった。

後漢(ごかん)
後漢(ごかん)

25年 - 220年

劉秀が漢を復興して建てた国。

都を洛陽に移した。


後漢の都は洛陽(ごかんのみやこはらくよう)
後漢の都は洛陽(ごかんのみやこはらくよう)

後漢の都は洛陽です。

班固(はんこ)
班固(はんこ)

32年 - 92年

後漢の歴史家。

『漢書』を著した。


『漢書』(かんじょ)
『漢書』(かんじょ)

班固が表した歴史書。

紀伝体で記されている。

覚え方は「カンチョー(『漢書』)した犯人(「はん」にん)「こ」(班固)いつ」やから焼「き」お「でん」(紀伝体)食わせたろ」です。

班超(はんちょう)
班超(はんちょう)

32年 - 102年

後漢で西域都護として活躍した人。


西域都護(せいいきとご)
西域都護(せいいきとご)

西域の統治のための都護府の長官のこと。

蔡倫(さいりん)
蔡倫(さいりん)

?年 - ?年

後漢の宦官。

製紙法を改良した


黄巾の乱(こうきんのらん)
黄巾の乱(こうきんのらん)

184年

後漢滅亡のきっかけとなった農民反乱。

曹操(そうそう)
曹操(そうそう)

155年 - 220年

黄巾の乱の鎮圧を機に勢力を伸ばした人。

曹丕の父親。

208年に赤壁の戦いで敗れ、中国を三分する状況が固まった。


三国時代(さんごくじだい)
三国時代(さんごくじだい)

220年 - 280年

後漢の滅亡後、「魏」「呉」「蜀」の三国が抗争した時代。

「魏」「呉」「蜀」の地図(「ぎ」「ご」「しょく」の地図)
「魏」「呉」「蜀」の地図(「ぎ」「ご」「しょく」の地図)

「魏」「呉」「蜀」の地図。


魏(ぎ)
魏(ぎ)

220年 - 265年

中国の三国時代に華北を支配した王朝。

曹丕が開き洛陽を都とした。

265年に司馬炎の晋に代わった。

曹丕(そうひ)
曹丕(そうひ)

187年 - 226年

魏王朝を開いた人。

父親は曹操。


九品中正(きゅうひんちゅうせい)
九品中正(きゅうひんちゅうせい)

曹丕が皇帝に即位した年に創始された官吏登用制度。

地方におかれた中正官が人材を9等にわけて推薦した。

卑弥呼(ひみこ)
卑弥呼(ひみこ)

日本の邪馬台国の女王。

魏に朝貢して「親魏倭王」の称号を得た。


「親魏倭王」(しんぎわおう)
「親魏倭王」(しんぎわおう)

魏は朝貢してきた卑弥呼に「親魏倭王」の称号を与えた。

呉(ご)
呉(ご)

222年 - 280年

中国の三国時代に孫権が長江流域に建てた王朝。

晋に滅ぼされた。


蜀(しょく)
蜀(しょく)

221年 - 263年

中国の三国時代に劉備が建てた国。

魏に滅ぼされた。

劉備(りゅうび)
劉備(りゅうび)

161年 - 223年

蜀を建国した。


六朝(りくちょう)
六朝(りくちょう)

建康(現在の南京)に都をおいた三国時代の呉、東晋、南朝の宋、斉、梁、陳の6王朝のこと。

四六駢儷体(しろくべんれいたい)
四六駢儷体(しろくべんれいたい)

対句を用いた華麗典雅な文体。

六朝の時代に流行した。


司馬炎(しばえん)
司馬炎(しばえん)

236年 - 290年

魏の元帝の禅譲を受けて即位。

晋(西晋)の建国者。

晋(しん)
晋(しん)

265年 - 316年、317年 - 419年

司馬炎が建国した国。

呉を滅ぼして中国を統一した。

316年に匈奴に滅ぼされるまでを西晋、317年に再興してからを東晋という。


九品中正(きゅうひんちゅうせい)
九品中正(きゅうひんちゅうせい)

魏で始まった官吏登用制度。

地方におかれた中正官が人材を9等にわけて推薦した。

西晋でも行われた。

上品に寒門なく、下品に勢族なし(じょうひんにかんもんなく、かひんにせいぞくなし)
上品に寒門なく、下品に勢族なし(じょうひんにかんもんなく、かひんにせいぞくなし)

晋で九品中正を批判して言われた言葉。

有力豪族が高い等級を独占しているという意味。


八王の乱(はちおうのらん)
八王の乱(はちおうのらん)

290年 - 306年

晋において、司馬炎の死後8人の王が起こした内乱。

この内乱で諸王は諸民族の武力を頼んだため、五胡の侵入を招いた。

五胡十六国(ごこじゅうろっこく)
五胡十六国(ごこじゅうろっこく)

西晋が滅んだ後、華北に興亡した遊牧系の諸民族が建てた多くの国々を指して言う。

また、この分裂時代を五胡十六国時代という。

五胡とは匈奴、羌、氐、羯、鮮卑を指す。


匈奴(きょうど)
匈奴(きょうど)

遊牧民族。

五胡のうちのひとつ。

羌(きょう)
羌(きょう)

遊牧民族。

五胡のうちのひとつ。


氐(てい)
氐(てい)

チベット系民族。

五胡のうちのひとつ。

羯(けつ)
羯(けつ)

匈奴系の一部族。

五胡のうちのひとつ。


鮮卑(せんぴ)
鮮卑(せんぴ)

遊牧民族。

五胡のうちのひとつ。

北魏を建国した。

仏図澄(ぶっとちょう)
仏図澄(ぶっとちょう)

? - 348年

西域から中国へ来て、仏教の普及に貢献した僧。


東晋(とうしん)
東晋(とうしん)

317年 - 419年

316年に晋(西晋)が匈奴に滅ぼされた後、317年に再興した後の晋を東晋という。

都は建康(現在の南京)。

宋に禅譲して滅んだ。

建康(けんこう)
建康(けんこう)

東晋の都。

現在の南京。


法顕(ほっけん)
法顕(ほっけん)

337年頃 - 422年頃

陸路でインドを訪れ、海路で帰国した東晋の僧。

『仏国記』を著した。

仏国記(ぶっこくき)
仏国記(ぶっこくき)

法顕が記した旅行記。


宋(そう)
宋(そう)

420年 - 479年

東晋の禅譲を受けて建国された南朝の国。

斉に禅譲して滅んだ。

斉(せい)
斉(せい)

479年 - 502年

宋の禅譲を受けて建国された南朝の国。

梁に禅譲して滅んだ。


梁(りょう)
梁(りょう)

502年 - 557年

斉の禅譲を受けて建国された南朝の国。

陳に禅譲して滅んだ。

北魏(ほくぎ)
北魏(ほくぎ)

386年 - 534年

鮮卑による王朝。

五胡十六国の時代を経て5世紀半ばに華北を統一した。

534年に東西に分裂した。


平城(へいじょう)
平城(へいじょう)

北魏の首都。

寇謙之(こうけんし)
寇謙之(こうけんし)

365年 - 448年

北魏の道士。

道教の教団を形成した。


道教(どうきょう)
道教(どうきょう)

中国で成立した宗教。

太武帝(たいぶてい)
太武帝(たいぶてい)

408年 - 452年

北魏の第3代皇帝(在位:423年 - 452年)。

仏教を弾圧した。


雲崗石窟(うんこうせっくつ)
雲崗石窟(うんこうせっくつ)

460年から30年かけてつくられた仏教石窟。

北魏の太武帝がおこなった仏教に対する弾圧の後に、平城の近くに作られた。

雲崗石窟の場所(うんこうせっくつのばしょ)
雲崗石窟の場所(うんこうせっくつのばしょ)

ここらへん。


孝文帝(こうぶんてい)
孝文帝(こうぶんてい)

467年 - 499年

北魏の第6代皇帝(在位:471年 - 499年)。

洛陽への遷都を行う。

北魏が均田制を始める(ほくぎがきんでんせいをはじめる)
北魏が均田制を始める(ほくぎがきんでんせいをはじめる)

国による土地の給付と返還を原則とする土地制度。

北魏が始めて、隋・唐でも行われた。


孝文帝が都を洛陽に移す(こうぶんていがみやこをらくようにうつす)
孝文帝が都を洛陽に移す(こうぶんていがみやこをらくようにうつす)

北魏の孝文帝が洛陽に遷都した。

仏国寺(ぶっこくじ)
仏国寺(ぶっこくじ)

韓国の慶州にある仏教寺院。

528年に新羅で創建された。


西魏(せいぎ)
西魏(せいぎ)

535年 - 556年

南北朝時代に中国にあった国。

府兵制(ふへいせい)
府兵制(ふへいせい)

西魏で始まり、隋・唐へと継承された軍事制度。

農閑期に農民を集めて訓練し、都や辺境の警備に当たらせた。


陳(ちん)
陳(ちん)

557年 - 589年

梁の禅譲を受けて建国された南朝最後の国。

隋に滅ぼされた。

隋(ずい)
隋(ずい)

581年 - 618年

中国の王朝。


科挙(かきょ)
科挙(かきょ)

隋の時代に始まった中国の官吏登用試験。

清の時代に廃止された。

煬帝(ようだい)
煬帝(ようだい)

569年 - 618年

隋の第2代皇帝(在位:604年 - 618年)。


大運河の建設(だいうんがのけんせつ)
大運河の建設(だいうんがのけんせつ)

隋の煬帝が行った土木事業。

大運河の建設の場所
大運河の建設の場所

ここです。


ソンツェン=ガンポ
ソンツェン=ガンポ

581年? - 649年

7世紀前半、チベットを統一した人。

チベット初の統一王国吐蕃を樹立。

吐蕃(とばん)
吐蕃(とばん)

7世紀半ばにチベットを統一した国。


唐(とう)
唐(とう)

618年 - 907年

中国の王朝。

都は長安。

7世紀前半に隋を滅ぼして建国された。

長安(ちょうあん)
長安(ちょうあん)

唐の都。


均田制(きんでんせい)
均田制(きんでんせい)

唐の土地制度。

国が国民に田や荒地を給付し、その土地から得た収穫の一部を国家に収めさせ、定年によりその土地を国に返却させた。

唐は、均田制で土地を支給された成人男性に租調庸を課税した。

日本も唐に倣って均田制と租庸調制を取り入れた。

租庸調制(そようちょうせい)
租庸調制(そようちょうせい)

唐の「租」「庸」「調」の税制度。


租(そ)
租(そ)

唐の税制。

均田制で土地を支給した成人男性に対して粟(あわ)2石を納めさせた。

「租」「庸」「調」の税制度をまとめて「租庸調」という。

庸(よう)
庸(よう)

唐の税制。

均田制で土地を支給した成人男性に対して年20日の労役を課した。

「租」「庸」「調」の税制度をまとめて「租庸調」という。


調(ちょう)
調(ちょう)

唐の税制。

均田制で土地を支給した成人男性に対して絹2丈と綿3両を納めさせた。

「租」「庸」「調」の税制度をまとめて「租庸調」という。

三省(さんしょう)
三省(さんしょう)

唐の中書省・門下省・尚書省の三つの中央管制の最高機関のこと。


六部(りくぶ)
六部(りくぶ)

三省のうちのひとつ尚書省に所属した行政・執行の6部署。

清の時代末まで存続した。

都督府(ととくふ)
都督府(ととくふ)

唐の制度。

数州~十数州の軍事を統轄する官庁。


都護府(とごふ)
都護府(とごふ)

唐の制度。

都督府より上の機関。

征服地に置かれた。

主に北方の戦略要地に置かれ、異民族政権の交渉、征討などを担当した。

都護(とご)
都護(とご)

都護府の長官のこと。


羈縻政策(きびせいさく)
羈縻政策(きびせいさく)

周辺諸民族に対して、都護府を置いて統治をその地の有力者に任せる唐の政策のこと。

羈縻州(きびしゅう)
羈縻州(きびしゅう)

唐が間接統治した地域のこと。

服属した(異民族の)部族長を地方長官に任命し、中央から派遣した都護の監督下で自治権を与えた。


冊封体制(さくほうたいせい)
冊封体制(さくほうたいせい)

朝貢使節を派遣してきた周辺諸国の君主に官職や爵位を与えて君臣関係を結ぶ中国の体制のこと。

冊封国(さくほうこく)
冊封国(さくほうこく)

使者を遣わして朝貢してきた相手国の君主に、中国の皇帝が官職と爵位を与え、形式的に君臣関係を結んだ国家のこと。


景教(けいきょう)
景教(けいきょう)

キリスト教ネストリウス派は唐に伝わり景教と呼ばれた。

祆教(けんきょう)
祆教(けんきょう)

アケメネス朝やササン朝で信仰されたゾロアスター教は唐に伝わり祆教と呼ばれた。


孔頴達(くようだつ)
孔頴達(くようだつ)

574年 - 648年

唐の学者。

『五経正義』の編纂の中心となった。

『五経正義』(ごきょうせいぎ)
『五経正義』(ごきょうせいぎ)

唐の時代に孔頴達が中心となって編纂した五経(儒教の重要な5つの経典)の注釈書。

科挙の基準書となった。


玄奘(げんじょう)
玄奘(げんじょう)

602年頃 - 664年

唐の僧。

陸路インドに赴き、ハルシャ王の保護を受けながら仏教を学んだ。

帰国後は『大般若波羅蜜多経』などの仏典を漢訳した。

玄奘が仏教を学んだのはインド(げんじょうがぶっきょうをまなんだのはインド)
玄奘が仏教を学んだのはインド(げんじょうがぶっきょうをまなんだのはインド)

玄奘が仏教を学んだのはインドです。


新羅(しらぎ)
新羅(しらぎ)

前57年 - 935年

7世紀後半に朝鮮半島を統一した。

南詔(なんしょう)
南詔(なんしょう)

唐の時代に雲南地方に存在した国。


突厥(とっけつ)
突厥(とっけつ)

6世紀中頃から8世紀中頃までモンゴル高原から中央アジアにかけて支配したトルコ系遊牧民族。またはその国。

義浄(ぎじょう)
義浄(ぎじょう)

635年 - 713年

中国、唐の僧。

インドを訪れ、インドからの帰国途上でシュリーヴィジャヤ王国を訪れた。

『南海寄帰内法伝』を著した。


『南海寄帰内法伝』(なんかいききないほうでん)
『南海寄帰内法伝』(なんかいききないほうでん)

義浄の旅行記。

則天武后(そくてんぶこう)
則天武后(そくてんぶこう)

624年 - 705年

中国の唐第3代皇帝高宗の皇后。

690年に皇帝に即位(在位:690年 - 705年)し国号を「周」に改めた。

中国史上唯一の女性皇帝。

彼女の子が即位した直後、国号は「唐」に復された。


周(しゅう)
周(しゅう)

690年 - 705年

則天武后一代の王朝。

則天武后の子が即位した直後、国号は「唐」に戻された。

竜門石窟(りゅうもんせっくつ)
竜門石窟(りゅうもんせっくつ)

5世紀末から洛陽南郊に造営が始められた竜門石窟に、仏教を信望する則天武后は壮大な仏像を造らせた。


渤海(ぼっかい)
渤海(ぼっかい)

698年 - 926年

大祚栄が建てた国。

大祚栄(だいそえい)
大祚栄(だいそえい)

?年 - 719年

渤海を建国した人。


ウイグル
ウイグル

チュルク系の民族。

8世紀半ばに突厥に代わってモンゴル高原に登場した。

玄宗(げんそう)
玄宗(げんそう)

685年 - 762年

唐の第6代皇帝(在位:712年 - 756年)。

唐の最盛期の皇帝。


募兵制(ぼへいせい)
募兵制(ぼへいせい)

府兵制の維持が困難になり、唐代半ばに傭兵を用いる募兵制が導入された。

節度使(せつどし)
節度使(せつどし)

唐で始まった制度。

都護府を越える権限と強大な常備軍を擁する軍職。

辺境各地に派遣された。


タラス河畔の戦い(タラスかはんのたたかい)
タラス河畔の戦い(タラスかはんのたたかい)

751年

アッバース朝が唐を破った戦い。

この戦いの際に、製紙法の技術が唐軍の捕虜よりイスラーム世界へ伝わったとされる。

均田制の衰退(きんでんせいのすいたい)
均田制の衰退(きんでんせいのすいたい)

玄宗の時代に、唐では貴族や新興の地主が租庸調や兵役の負担により没落した農民を隷属して広大な荘園を経営した。

そのため、均田制に基づいた税制と兵制の維持ができなくなっていた。


安禄山(あんろくざん)
安禄山(あんろくざん)

705年 - 757年

東北辺境の3つを兼任した節度使。

安史の乱と呼ばれる反乱を起こした。

安史の乱(あんしのらん)
安史の乱(あんしのらん)

755年

玄宗皇帝の晩年に安禄山らが起こした反乱。

次の皇帝の時代に鎮圧された。


吐蕃が唐を圧迫する(とばんがとうをあっぱくする)
吐蕃が唐を圧迫する(とばんがとうをあっぱくする)

吐蕃は軍事力で唐を圧迫し、8世紀の安史の乱の際には一時長安を占領した。

藩鎮(はんちん)
藩鎮(はんちん)

安史の乱の後、国内各地に設置された節度使のこと。

藩鎮には強大な軍事権と管轄区域の行政権・財政権が与えられ、あたかも半独立政権のような力を持ったとされる。


江南(こうなん)
江南(こうなん)

中国の地方名。

経済開発が進んでいたこの地域の藩鎮の多くは唐に協力的であった。

韓愈(かんゆ)
韓愈(かんゆ)

768年 - 824年

唐宋八大家(著名な8人の文章化)の一人。

古文復興の提唱者。


黄巣の乱(こうそうのらん)
黄巣の乱(こうそうのらん)

875年 - 884年

唐で起きた反乱。

塩の闇商人の王仙芝の反乱に呼応して黄巣も挙兵して大反乱となった。

乱は鎮圧されたが、唐滅亡の契機となった。

朱全忠(しゅぜんちゅう)
朱全忠(しゅぜんちゅう)

852年 - 912年

907年に唐を滅ぼした人。


五代十国(ごだいじっこく)
五代十国(ごだいじっこく)

907年 - 960年

唐が滅亡してから宋が全国統一するまでの時代を言う。

この分裂時期に中国内に政権を建てた人の多くがまず節度使を称していた。

遼(りょう)
遼(りょう)

916年 - 1125年

契丹族が建てた国。

1004年に宋と澶淵の盟を結んだ。


契丹(きったん)
契丹(きったん)

遼王朝をたてた遊牧狩猟民。

遼は契丹ともいう(りょうはきったんともいう)
遼は契丹ともいう(りょうはきったんともいう)

遼は契丹ともいう。


耶律阿保機(やりつあぼき)
耶律阿保機(やりつあぼき)

872年 - 926年

遼の第1代皇帝(在位:916年 - 926年)。

中国の東北地方で遼を建国して渤海を滅ぼした。

遼の初代皇帝は耶律阿保機(やりつあぼき)
遼の初代皇帝は耶律阿保機(やりつあぼき)

遼の初代皇帝は耶律阿保機です。


高麗(こうらい)
高麗(こうらい)

918年 - 1392年

朝鮮半島で、王建が新羅を滅ぼして建てた国。

王建(おうけん)
王建(おうけん)

877年 - 943年

朝鮮半島で、新羅を滅ぼして高麗を建国した。


朝鮮でも科挙が導入される
朝鮮でも科挙が導入される

高麗の時代から、朝鮮でも科挙が導入された。

羅針盤(らしんばん)
羅針盤(らしんばん)

羅針盤は中国で発明された。


後晋(こうしん)
後晋(こうしん)

936年 - 946年

後唐を滅ぼして建てた国。

遼に燕雲十六州を割譲した。

遼に滅ぼされた。

燕雲十六州(えんうんじゅうろくしゅう)
燕雲十六州(えんうんじゅうろくしゅう)

936年

契丹が後晋王朝の成立を援助した代償として、後晋が遼に割譲した16州のこと。


大理(だいり)
大理(だいり)

937年 - 1254年

タイ族が建てた国。

中国西南地区の雲南地方では南詔が滅亡し、タイ族の大理がこれにかわった。

沙陀(さだ)
沙陀(さだ)

五代十国時代に華北を統一した王朝の大部分、また中国統一に成功した宋も含めて突厥系沙陀族政権の系統だった。


宋(そう)
宋(そう)

960年 - 1279年

中国の王朝。

都は開封。

五代十国の中国の分裂時代を終わらせ、再統一した。

1127年に一旦滅んだが、それまでを北宋と言い、1127年に再建されて以降を南宋という。

北宋は遼に対する防備の強化を目指した。

1004年に遼と澶淵の盟を結んだ。

北宋の都は開封(ほくそうのみやこはかいほう)
北宋の都は開封(ほくそうのみやこはかいほう)

北宋の都は開封。

黄河と大運河の合流地点に位置する。


殿試(でんし)
殿試(でんし)

宋の時代に開始された、皇帝みずからが試験官となって行われる科挙の最終試験。

士大夫(したいふ)
士大夫(したいふ)

儒学の教養を身に着けた知識層。

宋の時代に貴族に代わって台頭した。


蘇湖熟すれば天下足る(そこじゅくすればてんかたる)
蘇湖熟すれば天下足る(そこじゅくすればてんかたる)

宋の時代に言われた言葉。

江南地方にある江蘇省の蘇州、浙江省の湖州が穀物生産の中心地となり、こう称された。

「江浙熟すれば天下足る」とも言われる。

形勢戸(けいせいこ)
形勢戸(けいせいこ)

開発が進んだ江南を中心として台頭した新興の地主層。

形勢戸は荘園を直接経営して自給的な生活を行う従来の方法ではなく、買い集めた広大な土地を小作人である佃戸に貸し、小作料をとることで経済力を伸ばした。


佃戸(でんこ)
佃戸(でんこ)

中国の小作農のこと。

形勢戸に小作料を収めた。

宋学(そうがく)
宋学(そうがく)

宋の時代に成立した新儒学。

宇宙の原理や人間の本質などを探究した。


澶淵の盟(せんえんのめい)
澶淵の盟(せんえんのめい)

1004年

遼と宋の間で結ばれた和平条約。

国境の現状維持、宋から契丹に歳幣をおくることなどが取り決められた。

歳幣(さいへい)
歳幣(さいへい)

毎年貢物として送る物のこと。


絹(きぬ)
絹(きぬ)

歳幣として宋から契丹におくられた品。

銀(ぎん)
銀(ぎん)

歳幣として宋から契丹におくられた品。


西夏(せいか)
西夏(せいか)

1038年 - 1227年

中国の北西部にあった国。

宋・遼・金と和平、抗争を繰り返した。

チンギス=ハンに滅ぼされた。

李元昊(りげんこう)
李元昊(りげんこう)

1003年 - 1048年

西夏の初代皇帝(在位:1038年 - 1048年)。

西夏文字を制定した。


慶暦の和約(けいれきのわやく)
慶暦の和約(けいれきのわやく)

1044年

宋と西夏の間で結ばれた和約。

形式的に西夏が宋の臣下になる代わりに、宋は西夏に対して毎年貢物を贈った。

周敦頤(しゅうとんい)
周敦頤(しゅうとんい)

1017年 - 1073年

北宋の儒学者。朱子学の先駆者。

『太極図説』などの著作で知られる。


神宗(しんそう)
神宗(しんそう)

1048年 - 1085年

北宋の第6代皇帝(在位:1067年 - 1085年)。

王安石を登用した。

王安石(おうあんせき)
王安石(おうあんせき)

1021年 - 1086年

北宋の政治家。学者。

新法を推進した中心人物。


新法(しんぽう)
新法(しんぽう)

王安石が中心となって定めた財政・行政・教育などの法。

地主や大商人の利益を抑えようとした。

司馬光(しばこう)
司馬光(しばこう)

1019年 - 1086年

北宋の政治家。学者。

王安石と政治的に対立した。

『資治通鑑』を著す。


『資治通鑑』(しじつがん)
『資治通鑑』(しじつがん)

司馬光が著した編年体の歴史書。

編年体(へんねんたい)
編年体(へんねんたい)

司馬光が著した『資治通鑑』は編年体で書かれてる。


金(きん)
金(きん)

1115年 - 1234年

女真族が建てた中国の王朝。

完顔阿骨打(わんやんあぐだ)
完顔阿骨打(わんやんあぐだ)

1068年 - 1123年

金の初代皇帝(在位:1115年 - 1123年)。

金を建国し、女真文字を定めた。


猛安・謀克(もうあんぼうこく)
猛安・謀克(もうあんぼうこく)

金の軍事・行政組織。

軍編成の単位を300戸を1謀克、10謀克を1猛安とした。

女真文字(じょしんもじ)
女真文字(じょしんもじ)

金で作られた文字。


靖康の変(せいこうのへん)
靖康の変(せいこうのへん)

1127年

金の軍が宋(北宋)の上皇と皇帝を拉致した事件。

これにより北宋は滅亡した。

徽宗(きそう)
徽宗(きそう)

1082年 - 1135年

靖康の変で拉致された上皇。

文化・芸術を愛好し、自らも絵筆をとり院体画を得意とした。


院体画(いんたいが)
院体画(いんたいが)

中国の宋の時代の画風。

南宋(なんそう)
南宋(なんそう)

1127年 - 1279年

金によって華北を占領されると、高宗は都を江南地方に移して宋を再建した。これを南宋という。

元に滅ぼされた。


高宗(こうそう)
高宗(こうそう)

1107年 - 1187年

南宋の初代皇帝(在位:1127年 - 1162年)。

靖康の変の後、南方へ逃れ、南宋を建国した。

主戦派と講和派が対立する中、金と和睦した。

秦檜(しんかい)
秦檜(しんかい)

1090年 - 1155年

南宋の政治家。

高宗を金との和平に導いた講和派の代表。


朱熹(しゅき)
朱熹(しゅき)

1130年 - 1200年

南宋の儒学者。

朱子学を大成し、祖となった。

朱子学(しゅしがく)
朱子学(しゅしがく)

朱熹が大成し、祖となった儒教哲学。

周敦頤の理論は朱子学に多くの影響を与えた。


四書(ししょ)
四書(ししょ)

儒学の『大学』『中庸』『論語』『孟子』の四書。

朱子学ではこの四書が重んじられた。

王重陽(おうじゅうよう)
王重陽(おうじゅうよう)

1113年 - 1170年

金が統治していた華北で全真教を開いた。


全真教(ぜんしんきょう)
全真教(ぜんしんきょう)

王重陽が開いた道教の一派。

白蓮教(びゃくれんきょう)
白蓮教(びゃくれんきょう)

南宋の時代に成立した仏教色の強い民間宗教。

弥勒仏が救世主として現れるとの信仰を持った。

後年、元滅亡のきっかけとなる紅巾の乱(1351年 - 1366年)を起こしたり、清弱体化のきっかけとなる白蓮教徒の乱(1796年 - 1804年)を起こしたりした。


ハン
ハン

草原で活躍したモンゴル=トルコ系民族の君主の称号。

チンギス=ハン
チンギス=ハン

1162年頃 - 1227年

モンゴル高原には多くの部族が割拠していたが、勢力をのばしたテムジンが統一を果たした。

クリルタイで推戴されチンギス=ハンと称して即位(在位:1206年 - 1227年)し、大モンゴル国(モンゴル帝国)をたてた。


チンギス=ハンがホラズム=シャー朝を倒す
チンギス=ハンがホラズム=シャー朝を倒す

1220年にチンギス=ハンはホラズム=シャー朝を侵攻して破り、その後ホラズム=シャー朝は滅亡した。

チンギス=ハンが西夏を滅ぼす(チンギス=ハンがせいかをほろぼす)
チンギス=ハンが西夏を滅ぼす(チンギス=ハンがせいかをほろぼす)

1227年

チンギス=ハンの派遣軍が西夏を滅ぼした。


オゴタイ
オゴタイ

1186年 - 1241年

大モンゴル国第2代皇帝(在位:1229年 - 1241年)。

1234年に金を滅ぼした。

オゴタイが金を滅ぼす
オゴタイが金を滅ぼす

1234年

オゴタイが金を滅ぼした。


プラノ=カルピニ
プラノ=カルピニ

1182年頃 - 1252年

フランチェスコ修道士。

1245年~1247年に大モンゴル国を訪れた。

フビライ=ハン
フビライ=ハン

1215年 - 1294年

大モンゴル国第5代皇帝(在位:1260年 - 1294年)。元の初代皇帝(在位:1271年 - 1294年)。

国名を元と称して南宋を滅ぼし、日本、東南アジアにも軍を派遣した。


大都(だいと)
大都(だいと)

フビライは草原地帯から1264年にここに都市を移した。

大モンゴル国および元の首都。

現在の北京に相当する。

ジャムチ
ジャムチ

モンゴル帝国によって整備された駅伝制のこと。


パスパ文字(パスパもじ)
パスパ文字(パスパもじ)

元のフビライが領内から迎えた宗教指導者に新たに作らせた文字。

1269年に国字として採用された。

元(げん)
元(げん)

1271年 - 1368年

モンゴル人が建国した中国の王朝。

都は大都。


フビライ=ハンが元を名乗る(フビライ=ハンがげんをなのる)
フビライ=ハンが元を名乗る(フビライ=ハンがげんをなのる)

フビライ=ハンが、モンゴル・ウルス(モンゴル帝国)の中国風の国号として「元」を名乗った。

交鈔(こうしょう)
交鈔(こうしょう)

金と元で発行された紙幣。


郭守敬(かくしゅけい)
郭守敬(かくしゅけい)

1231年 - 1316年

元の科学者。

授時暦を作成した。

授時暦(じゅじれき)
授時暦(じゅじれき)

イスラームの天文学を取り入れた暦。

郭守敬が作成した。


モンテ=コルヴィノ
モンテ=コルヴィノ

1247年 - 1328年

修道士。

13世紀末にカトリックの布教のために元に派遣され、1307年に元の首都である大都の大司教に任ぜられた。

倭寇(わこう)
倭寇(わこう)

13世紀から16世紀にかけて朝鮮や中国沿岸にかけて活動した日本の海賊集団のこと。

南倭と呼ばれた。


ハイドゥの乱(ハイドゥのらん)
ハイドゥの乱(ハイドゥのらん)

1266年 - 1301年

大モンゴル国(モンゴル帝国)で起こった内乱。

紅巾の乱(こうきんのらん)
紅巾の乱(こうきんのらん)

1351年 - 1366年

相継ぐ水害と飢饉に苦しむ民衆が、マニ教や弥勒信仰等をもとにした白蓮教の教徒となって各地で反乱を起こした。


朱元璋(しゅげんしょう)
朱元璋(しゅげんしょう)

1328年 - 1398年

紅巾の乱で頭角を現し、ついには元朝の中国支配を終わらせ、明朝を誕生させた。

明の初代皇帝(在位:1368年 - 1398年)。

洪武帝(こうぶてい)とも呼ばれる。

洪武帝として出題される場合もあるので、洪武帝としても覚えてください。

明(みん)
明(みん)

1368年 - 1644年

中国の王朝。

元を倒して建国。

都は南京。後に北京。


洪武帝が都を南京とする(こうぶていがみやこをなんきんとする)
洪武帝が都を南京とする(こうぶていがみやこをなんきんとする)

洪武帝(朱元璋)は明の都を南京とした。

景徳鎮(けいとくちん)
景徳鎮(けいとくちん)

中国の都市。

陶磁器の代表的な生産地。

ここで生産された陶磁器は世界各地に輸出された。


陽明学(ようめいがく)
陽明学(ようめいがく)

明代に登場し、無学な庶民にも正しい道徳がそなわっていると主張した儒学の一派。

ツォンカパ
ツォンカパ

1357年 - 1419年

チベットにおいてチベット仏教の改革運動を起こし、黄帽派を創始した。


黄帽派(こうぼうは)
黄帽派(こうぼうは)

ツォンカパが創始したチベット仏教の宗派。

里甲制(りこうせい)
里甲制(りこうせい)

1381年

洪武帝(朱元璋)が定めて全国で実施された村落行政制度。

連帯責任を課した。

後に貧富の差が開き解体に向かった。


六諭(りくゆ)
六諭(りくゆ)

1397年

洪武帝(朱元璋)が発布した「父母に孝順なれ」など6カ条の教訓。

儒教道徳を徹底することで従順な民衆の育成を図り、里甲制を補完した。

賦役黄冊(ふえきこうさつ)
賦役黄冊(ふえきこうさつ)

明の時代に洪武帝(朱元璋)の命令により作られた戸籍・租税台帳。


鄭和(ていわ)
鄭和(ていわ)

1371年 - 1434年

明の武将。

東南アジア経由でアラビア半島、アフリカ東岸にまで遠征した(が大西洋には進出していない)。

湖広熟すれば天下足る(ここうじゅくすればてんかたる)
湖広熟すれば天下足る(ここうじゅくすればてんかたる)

明代に『湖広熟すれば天下足る』と呼ばれたのは長江中流域。

湖広というのは、湖北省と湖南省を合わせた総称のこと。

明代には長江中流域が稲作の中心地となった。


会館・公所(かいかん・こうしょ)
会館・公所(かいかん・こうしょ)

商工業者が、進出した各都市に建てた施設。

ここで彼らは同郷出身者や同業者同士の互助を図った。

李成桂(りせいけい)
李成桂(りせいけい)

1335年 - 1408年

朝鮮王朝の建国者(在位:1392年 - 1398年)。

朱子学を重んじた。


朝鮮王朝(ちょうせんおうちょう)
朝鮮王朝(ちょうせんおうちょう)

1392年 - 1910年

李成桂が高麗を倒して建国した王朝。

朱子学を重んじた。

朝鮮王朝は朱子学を重んじる(ちょうせんおうちょうはしゅしがくをおもんじる)
朝鮮王朝は朱子学を重んじる(ちょうせんおうちょうはしゅしがくをおもんじる)

朝鮮王朝は朱子学を重んじた。


琉球王国(りゅうきゅうおうこく)
琉球王国(りゅうきゅうおうこく)

15世紀前半に中山王によって統一された王国。

明との間で朝貢貿易を行った。

この王国は17世紀初頭から両属関係に置かれた。

両属関係(りょうぞくかんけい)
両属関係(りょうぞくかんけい)

琉球王国は形式上独立国だが事実上日本の支配を受け、同時に明・清を宗主国として冊封を受けた。

この日本と明(清)の両方に服属した状態を両属関係という。


正統帝(せいとうてい)
正統帝(せいとうてい)

1427年 - 1464年

明の第6代皇帝(在位:1435年 - 1449年)。

土木の変でオイラトのエセン=ハンに敗れて捕虜となる。

その後、解放され和議が成立。

正統帝は第8代天順帝(在位:1457年 - 1464年)として復位した。

オイラト
オイラト

モンゴル系騎馬遊牧民の部族の連合。

エセン=ハンが指導者となった。


エセン=ハン
エセン=ハン

?年 - 1454年

オイラトの指導者。

1449年に土木の変で明の正統帝を捕虜とした。

土木の変(どぼくのへん)
土木の変(どぼくのへん)

1449年

オイラトのエセン=ハンが明の正統帝を捕虜として捕らえた事件。

1450年に正統帝は解放され和議が成立した。


日本に鉄砲伝来(にほんにてっぽうでんらい)
日本に鉄砲伝来(にほんにてっぽうでんらい)

1543年頃

ポルトガル人が、種子島に鉄砲を伝えた。

平戸(ひらど)
平戸(ひらど)

日本の九州・長崎県北西部の島。

1550年にポルトガル船が来航し、以後スペイン、オランダ、イギリスの船も来航。南蛮貿易が開始された。


北虜南倭(ほくりょなんわ)
北虜南倭(ほくりょなんわ)

16世紀の明においてモンゴルを統合したアルタン=ハンが北京を包囲し、東南沿岸では密貿易や略奪を行う倭寇の活動が激化した状況をさす。

北虜はモンゴルを、南倭は倭寇を意味する。

マカオ
マカオ

珠江河口にある都市。

1557年にポルトガルはマカオの居住権を明朝から獲得し、以後対中貿易の主要拠点とした。


李時珍(りじちん)
李時珍(りじちん)

1523年頃 - 1596年頃

明の時代の医師。

1596年に薬物・医学解説書である『本草綱目』を著す。

『本草綱目』(ほんぞうこうもく)
『本草綱目』(ほんぞうこうもく)

1596年刊。

李時珍が著した薬物・医学解説書。


李舜臣(りしゅんしん)
李舜臣(りしゅんしん)

1545年 - 1598年

朝鮮の武将。

亀船を改良し、侵攻してきた日本軍を破った。

亀船(きせん)
亀船(きせん)

李舜臣が用いた軍艦。

亀甲船(きっこうせん)ともいう。


マテオ=リッチ
マテオ=リッチ

1552年 - 1610年

イエズス会の宣教師。

明で布教を進め『坤輿万国全図』を作成した。

坤輿万国全図(こんよばんこくぜんず)
坤輿万国全図(こんよばんこくぜんず)

マテオ=リッチが作成し、1602年に中国で刊行された世界地図。


朱印船貿易(しゅいんせんぼうえき)
朱印船貿易(しゅいんせんぼうえき)

海外渡航許可の朱印状をもつ朱印船によって行われた日本と東南アジアとの間で行われた貿易。

豊臣秀吉の時代に本格的に実施され、徳川家康がさらに積極的に海外貿易を推進した。

朱印船貿易を通して、東南アジアに日本町がつくられた。

東林派(とうりんは)
東林派(とうりんは)

中国の政治集団・学派。

明代末に東林派と非東林派の党争が起こった。


宋応星(そうおうせい)
宋応星(そうおうせい)

1590年頃 - 1650年頃

明の学者。

1637年に産業技術書である『天工開物』を著した。

『天工開物』(てんこうかいぶつ)
『天工開物』(てんこうかいぶつ)

1637年刊。

宋応星が著した産業技術書。


ヌルハチ
ヌルハチ

1559年 - 1626年

後金を建国した人。

清の初代皇帝とされる。

後金(こうきん)
後金(こうきん)

1616年 - 1636年

ヌルハチが建てた国。

同じ女真族が建てた王朝「金」の後身として「金」という国名が命名されたが、一般的には区別のために「後金」と呼ばれる。

1636年に国号を清に改めた。


八旗(はっき)
八旗(はっき)

ヌルハチが創始した軍事・行政組織。

チャハル
チャハル

明の時代に内モンゴルを支配した部族。

1635年、清の第2代皇帝ホンタイジの時に満州人の支配下に入った。


清(しん)
清(しん)

1636年 - 1912年

中国の最後の王朝。

明を倒した後に後金と称して建国したが、1636年、国名を清と改称した。

1905年に科挙を廃止した。

藩王(はんおう)
藩王(はんおう)

清朝では、清に帰順した漢人の武将を中国南部の各地域に封じて藩王とした。

彼らは封じられた地域で強大な軍事力を背景に割拠するようになった。


典礼問題(てんれいもんだい)
典礼問題(てんれいもんだい)

清でキリスト教の布教方法を巡って起こった問題。

イエズス会は孔子崇拝や祖先祭祀を認めたが、他派が反対して論争がおこった。これを典礼問題という。

順治帝(じゅんちてい)
順治帝(じゅんちてい)

1638年 - 1661年

清の第3代皇帝(在位:1643年 - 1661年)。

順治帝の時に清は東北地方から華北に侵入し、やがて中国全土を支配した。


黄宗義(こうそうぎ)
黄宗義(こうそうぎ)

1610年 - 1695年

思想家。

清の支配下で明朝復興運動を行ったが失敗。

『宋元学案』を編纂して宋元時代の朱子学者の学問について述べ、顧炎武と並び考証学の道を開いた。

顧炎武(こえんぶ)
顧炎武(こえんぶ)

1613年 - 1682年

思想家。

考証学の創始者の一人。


鄭成功(ていせいこう)
鄭成功(ていせいこう)

1624年 - 1662年

清の支配のもと、明の復興運動に活躍。

オランダ人を駆逐して台湾に政権を打ち立てた。

鄭成功の母は日本人(ていせいこうのはははにほんじん)
鄭成功の母は日本人(ていせいこうのはははにほんじん)

鄭成功の母は日本人。

父は福建の海賊。


鄭成功が駆逐したのはオランダ(ていせいこうがくちくしたのはオランダ)
鄭成功が駆逐したのはオランダ(ていせいこうがくちくしたのはオランダ)

鄭成功が台湾から駆逐したのはオランダ。

緑営(りょくえい)
緑営(りょくえい)

清の時代に漢人によって編成された正規軍。


康煕帝(こうきてい)
康煕帝(こうきてい)

1654年 - 1722年

清の第4代皇帝(在位:1661年 - 1722年)。

典礼問題の下、教皇がイエズス会の方法を否定すると、康煕帝はイエズス会以外の布教を禁止した。

藩王のうち、特に力を持った三つの藩の撤廃を行った。その結果、三藩の乱が起きたが鎮圧した。

呉三桂(ごさんけい)
呉三桂(ごさんけい)

1612年 - 1678年

雲南の藩王。

康熙帝が雲南を含む三藩の藩王の廃止を決めたことを受け、三藩の乱を起こす。

鎮圧された。


三藩の乱(さんぱんのらん)
三藩の乱(さんぱんのらん)

1673年 - 1681年

康熙帝が雲南・福建・広東の三藩の藩王を廃止する決定をしたことに対抗して雲南の藩王の呉山桂らが起こした乱。

鎮圧された。

フェルビースト
フェルビースト

1623年 - 1688年

フランドル(現在のベルギーの一部)出身のイエズス会士。

1659年に中国に渡り、アダム=シャールを補佐して暦法の改定をおこなった。


藩部(はんぶ)
藩部(はんぶ)

清朝では、モンゴル、チベット、‎新疆等を藩部という行政区域に区分し、自治を認めていたため、地域に固有の伝統的な生活様式がよく守られていた。

清がモンゴルを藩部とする(しんがモンゴルをはんぶとする)
清がモンゴルを藩部とする(しんがモンゴルをはんぶとする)

清はモンゴルを藩部とした。


理藩院(りはんいん)
理藩院(りはんいん)

藩部を統括する清の中央官庁。

ネルチンスク条約
ネルチンスク条約

1689年

清とロシアとの間に結ばれた条約。

清に有利な国境が定まり、通商などの規定も設けられた。


『康煕字典』(こうきじてん)
『康煕字典』(こうきじてん)

1716年刊。

康熙帝が編纂させた字書。

雍正帝(ようせいてい)
雍正帝(ようせいてい)

1678年 - 1735年

清の第5代皇帝(在位:1723年 - 1735年)。

典礼問題の下、雍正帝はキリスト教の布教活動を全面的に禁止した。


『古今図書集成』(ここんとしょしゅうせい)
『古今図書集成』(ここんとしょしゅうせい)

1725年刊。

類書(一種の百科事典)。

康熙帝の命により編纂を開始し、雍正帝の時代に完成した。

乾隆帝(けんりゅうてい)
乾隆帝(けんりゅうてい)

1711年 - 1799年

清の第6代皇帝(在位:1735年 - 1795年)。

1757年、ヨーロッパ船の来航を広州1港に制限した。


文字の獄(もんじのごく)
文字の獄(もんじのごく)

康熙帝から乾隆帝の時期に行われた反清思想の弾圧。

広州(こうしゅう)
広州(こうしゅう)

1757年

乾隆帝はヨーロッパ船の来航を広州1港に制限した。


広州の場所(こうしゅうのばしょ)
広州の場所(こうしゅうのばしょ)

ここです。

公行(こうこう)
公行(こうこう)

広州で貿易業務の独占を認められた特許商人の組合。


ジュンガル
ジュンガル

オイラトの一部族とその国家。

康熙帝の親征に敗れ、乾隆帝との1755年 - 1758年の戦いによって滅ぼされた。

紫禁城(しきんじょう)
紫禁城(しきんじょう)

明の時代に築かれ、清の時代に復興・増築した北京にある宮城。


四庫全書(しこぜんしょ)
四庫全書(しこぜんしょ)

1782年刊。

乾隆帝が編纂させた中国最大の叢書。

茶(ちゃ)
茶(ちゃ)

18世紀後半

イギリスは中国からの茶の輸入が急増したが、産業革命で生産を伸ばした綿製品の中国への輸出が伸びず、銀が中国に流れ込んだ。


白蓮教徒の乱(びゃくれんきょうとのらん)
白蓮教徒の乱(びゃくれんきょうとのらん)

1796年 - 1804年

白蓮教徒を中心とする大規模な民衆反乱が起き、鎮圧に莫大な費用を費やし清は弱体化した。

シーボルト
シーボルト

1796年 - 1866年

ドイツ人医師・博物学者。

長崎出島で医学を教授し、後に「日本学の祖」と評された人物。


イギリス・インド・中国の三角貿易(イギリス・インド・ちゅうごくのさんかくぼうえき)
イギリス・インド・中国の三角貿易(イギリス・インド・ちゅうごくのさんかくぼうえき)

19世紀

イギリスは中国茶を銀で輸入し、インド産のアヘンを中国に密輸し、本国の綿製品をインドに輸出して銀を回収することで対アジア貿易で黒字を計上するようになった。

アヘン
アヘン

19世紀

イギリスは本国の綿製品を植民地のインドに輸出し、インド産のアヘンを中国に輸出した。

中国はアヘンの使用と輸入を厳禁したが、密輸が横行し、中国から大量の銀が流出した。


アヘン戦争(アヘンせんそう)
アヘン戦争(アヘンせんそう)

1840年 - 1842年

清の官僚である林則徐によるアヘン取締りをきっかけに勃発した清とイギリスとの戦争。

清が敗れた結果、南京条約が結ばれた。

南京条約(なんきんじょうやく)
南京条約(なんきんじょうやく)

1842年

アヘン戦争の結果、結ばれた条約。

上海など5港が開港された。

香港がイギリスに割譲された。


南京条約により上海が開港する(なんきんじょうやくによりしゃんはいがかいこうする)
南京条約により上海が開港する(なんきんじょうやくによりしゃんはいがかいこうする)

南京条約により上海が開港した。

南京条約により清が香港をイギリスに割譲する(なんきんじょうやくによりしんがほんこんをイギリスにかつじょうする)
南京条約により清が香港をイギリスに割譲する(なんきんじょうやくによりしんがほんこんをイギリスにかつじょうする)

南京条約により清が香港をイギリスに割譲した。


香港の場所(ほんこんのばしょ)
香港の場所(ほんこんのばしょ)

ここです。

望厦条約(ぼうかじょうやく)
望厦条約(ぼうかじょうやく)

1844年

清とアメリカの間に結ばれた条約。

南京条約とほぼ同じ内容で、清に不利な不平等条約。


黄埔条約(こうほじょうやく)
黄埔条約(こうほじょうやく)

1844年

清とフランスの間に結ばれた条約。

南京条約とほぼ同じ内容で、清に不利な不平等条約。

洪秀全(こうしゅうぜん)
洪秀全(こうしゅうぜん)

1814年 - 1864年

中国広東省の客家出身。

キリスト教の影響を受け拝上帝会という結社をつくり、1851年、蜂起して太平天国をたてた。

1853年には占領した南京を天京と改称して首都とし、纏足の禁止、天朝田畝制度などの政策をうちだした。

しかし、漢人官僚が組織した郷勇や外国人に率いられた常勝軍に敗れ、1864年に病死した。


拝上帝会(はいじょうていかい)
拝上帝会(はいじょうていかい)

洪秀全が作った結社。

太平天国の前身。

太平天国(たいへいてんごく)
太平天国(たいへいてんごく)

洪秀全を指導者としてキリスト教思想を元に1851年に建てられた国。

1853年に南京を占領し天京と改名して首都とした。

漢人官僚が組織した郷勇や外国人に率いられた常勝軍に敗れ、1864年に洪秀全が病死すると、まもなく天京が陥落して太平天国は滅んだ。


太平天国が南京を占領する(たいへいてんごくがなんきんをせんりょうする)
太平天国が南京を占領する(たいへいてんごくがなんきんをせんりょうする)

1853年

太平天国が南京を占領した。

天京(てんきょう)
天京(てんきょう)

1853年に太平天国が南京を占領し天京と改名して首都とした。


辮髪の禁止(べんぱつのきんし)
辮髪の禁止(べんぱつのきんし)

辮髪とは、漢人に強制された満州人の髪型のこと。

滅満興漢を掲げて清朝打倒をめざした太平天国は辮髪を禁止した。

常勝軍(じょうしょうぐん)
常勝軍(じょうしょうぐん)

太平天国の乱鎮圧のために編成された義勇軍。

ウォードが組織し、ウォード死後はゴードンが率いた。


ゴードン
ゴードン

1833年 - 1885年

大変天国の乱鎮圧のために編成された常勝軍を、戦死したウォードの後に率いたイギリスの軍人。

のちにスーダンで戦死した。

郷紳(きょうしん)
郷紳(きょうしん)

明・清時代の、現職あるいは退職した官僚層に対する、故郷での呼び方。

端的に言えば地方有力者。


郷勇(きょうゆう)
郷勇(きょうゆう)

清末に郷紳などが組織した民間の自衛軍。

曾国藩(そうこくはん)
曾国藩(そうこくはん)

1811年 - 1872年

湘軍という郷勇を編成し、太平天国軍討伐に活躍した人。


湘軍(しょうぐん)
湘軍(しょうぐん)

太平天国軍を平定するために曾国藩が組織した軍隊。

日米和親条約(にちべいわしんじょうやく)
日米和親条約(にちべいわしんじょうやく)

1854年

日本とアメリカの間で日米和親条約が結ばれた。


アロー戦争
アロー戦争

1856年 - 1860年

清とイギリス・フランスとの戦争。

第2次アヘン戦争ともいう。

戦争に際し、英仏両軍は清朝の離宮である円明園を徹底的に破壊し廃墟とした。

連合軍が勝利し、1858年に天津条約を結んだが、1859年に条約批准のために訪中した各国全権を中国の主戦派が攻撃し、戦争を再開。

イギリス・フランスが勝利し、1860年に北京条約が結ばれた。

アイグン条約
アイグン条約

1858年

ロシアと清の国境に関する条約。

アロー戦争を利用してロシアが清に圧力をかけて結んだ。


天津条約(てんしんじょうやく)
天津条約(てんしんじょうやく)

1858年

アロー戦争の結果、清とロシア・アメリカ・イギリス・フランスが結んだ条約。

主な内容に「キリスト教布教の自由」など。

だが、この条約調印後、1859年に条約批准のために訪中した各国全権を中国の主戦派が攻撃し、戦争が再開された。

円明園の破壊(えんめいえんのはかい)
円明園の破壊(えんめいえんのはかい)

1860年

アロー戦争の際、英仏両軍は清朝の離宮である円明園を破壊・略奪した。


北京条約(ペキンじょうやく)
北京条約(ペキンじょうやく)

1860年

アロー戦争の結果結ばれた条約。

  • 清は九竜半島南部をイギリスに割譲した。
  • 天津を開港した。
北京条約により天津が開港する(ぺきんじょうやくによりてんしんがかいこうする)
北京条約により天津が開港する(ぺきんじょうやくによりてんしんがかいこうする)

1860年の北京条約により天津が開港した。


キリスト教布教の自由(キリストきょうふきょうのじゆう)
キリスト教布教の自由(キリストきょうふきょうのじゆう)

1860年

アロー戦争を契機に結ばれた北京条約によって中国内地でのキリスト教の布教が合法化されるようになった。

仇教運動(きゅうきょううんどう)
仇教運動(きゅうきょううんどう)

清末期におこった反キリスト教運動。


北京条約(ペキンじょうやく)
北京条約(ペキンじょうやく)

1860年

アロー戦争で清と英・仏の講和を斡旋したロシアの要求により、清とロシアが結んだ条約。

アイグン条約で共同管理とされていたウスリー川以東(沿海州)をロシア領とした。

沿海州(えんかいしゅう)
沿海州(えんかいしゅう)

清とロシアの間で結ばれた北京条約により沿海州がロシア領となった。


総理各国事務衙門(そうりかっこくじむがもん)
総理各国事務衙門(そうりかっこくじむがもん)

1861年

清朝が設置した外交を担当する官庁。

西太后(せいたいこう)
西太后(せいたいこう)

1835年 - 1908年

清の同治帝・光緒帝の時代に朝廷の実権を掌握し、絶大な権力を振るった女性。


高宗(こうそう)
高宗(こうそう)

1852年 - 1919年

韓国皇帝(在位:1863年 - 1907年)。

1907年にハーグ密使事件を起こし退位させられた。

大院君(だいいんくん)
大院君(だいいんくん)

1820年 - 1898年

韓国皇帝高宗の摂政。

攘夷派として鎖国政策を進めたが、高宗の親政が始まると閔氏に権力を奪われた。


明治政府(めいじせいふ)
明治政府(めいじせいふ)

明治時代(1868年 - 1912年)の日本の政府。

欧米に岩倉使節団を派遣した。

岩倉使節団(いわくらしせつだん)
岩倉使節団(いわくらしせつだん)

1871年12月23日 - 1873年9月13日

日本の明治政府からアメリカ合衆国、ヨーロッパ諸国に派遣された大使節団。総勢107名で、岩倉具視を正使とした。目的は

  • 条約を結んでいる各国を訪問し、元首に国書を提出する
  • 江戸時代後期に諸外国と結ばれた不平等条約の改正のための予備交渉
  • 西洋文明の調査

だが、不平等条約の改正は日本に近代的な法制度が整っていないことなどを理由に不成功に終わった。また、岩倉らは各国の近代国家ぶりにおおいにカルチャーショックを受けた。


洋務運動(ようむうんどう)
洋務運動(ようむうんどう)

19世紀後半

清朝が推進した富国強兵をめざす改革運動。

漢人官僚が「中体西用」のスローガンのもと、富国強兵のために西洋技術を導入し、兵器・紡績工場の設立や鉱山開発・電信事業などに取り組んだ。

しかし、政治・社会制度の変革にはいたらず、日清戦争に敗れ、運動は挫折した。

中体西用(ちゅうたいせいよう)
中体西用(ちゅうたいせいよう)

洋務運動のスローガン。

中国の伝統的学術を根本としながら、西洋の学術を導入しようという意味。


日朝修好条規(にっちょうしゅうこうじょうき)
日朝修好条規(にっちょうしゅうこうじょうき)

1876年

日本は日朝修好条規で朝鮮を開国させた。

清仏戦争(しんふつせんそう)
清仏戦争(しんふつせんそう)

1884年 - 1885年

ベトナムの支配権をめぐる清とフランスとの戦争。

清が敗れた。


甲申政変(こうしんせいへん)
甲申政変(こうしんせいへん)

1884年

朝鮮で起こったクーデター。

清仏戦争での清の劣勢を好機と見た開化派(独立党)が日本と結び王宮を占領したが、清の武力干渉によって失敗した。

天津条約(てんしんじょうやく)
天津条約(てんしんじょうやく)

1885年

甲申政変を受けて清の李鴻章と日本の伊藤博文が結んだ条約。

両国の軍の撤兵と、派兵する際は事前に相互通告することなどを定めた。


甲午農民戦争(こうごのうみんせんそう)
甲午農民戦争(こうごのうみんせんそう)

1894年

朝鮮で起こった農民反乱。

東学の乱とも呼ばれる。

日清戦争の契機となった。

東学(とうがく)
東学(とうがく)

1860年に朝鮮で興った宗教。

キリスト教に対抗するため、朝鮮の民間信仰に儒・仏・道教を取り入れて創始された。


崔済愚(さいせいぐ)
崔済愚(さいせいぐ)

1824年 - 1864年

東学の創始者。

日清戦争(にっしんせんそう)
日清戦争(にっしんせんそう)

1894年 - 1895年

日本と清との戦争。

日本が勝ち、下関条約が結ばれた。


下関条約(しものせきじょうやく)
下関条約(しものせきじょうやく)

1895年

日清戦争の講和条約。

これにより、台湾が日本の領土となった。

三国干渉(さんごくかんしょう)
三国干渉(さんごくかんしょう)

1895年

下関条約で日本が遼東半島を獲得したことに対し、ロシアがドイツ、フランスとともに干渉し、遼東半島の返還を要求したもの。

日本はこれを受け入れ、代わりに3000万両を得た。


ドイツが膠州湾を租借する(ドイツがこうしゅうわんをそしゃくする)
ドイツが膠州湾を租借する(ドイツがこうしゅうわんをそしゃくする)

ドイツの宣教師が殺害されたことを口実に、ドイツは1897年に中国の膠州湾を占領し、1898年に期限99カ年で租借した。

変法(へんぽう)
変法(へんぽう)

王朝創設以来の政治の方法を変えること。

康有為が説いた。


康有為(こうゆうい)
康有為(こうゆうい)

1858年 - 1927年

清末の変法運動の指導者。

変法により強国となることを説き、日清戦争の敗戦後の1898年に光緒帝に登用され、弟子の梁啓超とともに改革運動を推進したが、保守派の巻き返しで日本に亡命した。

梁啓超(りょうけいちょう)
梁啓超(りょうけいちょう)

1873年 - 1929年

清末の思想家、ジャーナリスト。

康有為を師とし、変法運動を進めたが、政変により日本へ亡命した。


戊戌の変法(ぼじゅつのへんぽう)
戊戌の変法(ぼじゅつのへんぽう)

1898年

康有為、梁啓超ら変法派が光緒帝に登用されて行った政治改革。

西太后ら保守派の巻き返しにあい失敗した。

戊戌の政変(ぼじゅつのせいへん)
戊戌の政変(ぼじゅつのせいへん)

1898年

西太后ら保守派によるクーデタ。

変法派が弾圧され光緒帝は幽閉された。


義和団(ぎわだん)
義和団(ぎわだん)

宗教的武術集団。

「扶清滅洋」をスローガンにキリスト教会を破壊し、キリスト教徒を襲った。

扶清滅洋(ふしんめつよう)
扶清滅洋(ふしんめつよう)

「清を扶(たす)けて、洋(外国)を滅ぼす」という意味。

義和団が唱えたスローガン。


義和団事件(ぎわだんじけん)
義和団事件(ぎわだんじけん)

1900年 - 1901年

義和団が中心となっておこした排外運動。

「扶清滅洋」をスローガンに、列国の公使館を包囲して外交官を殺害するなどした。

清朝も義和団を支持して列国に宣戦した。

これに対して8カ国共同出兵がなされ、義和団を鎮圧。

北京議定書が結ばれた。

8カ国共同出兵(はちかこくきょうどうしゅっぺい)
8カ国共同出兵(はちかこくきょうどうしゅっぺい)

義和団事件に際して、日本、ロシアを中心にイギリス、フランス、アメリカ、ドイツ、オーストリア、イタリアの8カ国が出兵し、義和団を鎮圧した。


北京議定書(ぺきんぎていしょ)
北京議定書(ぺきんぎていしょ)

1901年

義和団事件の戦いに敗れた清が、列強に対し、多額の賠償金の支払いや、新たに北京駐屯権などを認めた条約。

北京駐屯権(ぺきんちゅうとんけん)
北京駐屯権(ぺきんちゅうとんけん)

北京議定書の項目のひとつ。

列国の北京への駐屯を認めた。


光緒新政(こうしょしんせい)
光緒新政(こうしょしんせい)

1901年以降、西太后の下で始められた近代化政策。

変法派の案が採用された。

日英同盟(にちえいどうめい)
日英同盟(にちえいどうめい)

1902年

ロシアの南下に対抗するために日本とイギリスが結んだ同盟。


日露戦争(にちろせんそう)
日露戦争(にちろせんそう)

1904年 - 1905年

三国干渉によって日露関係は悪化し、やがて日本とロシアの間で日露戦争が始まった。

日本は旅順を陥落させるなど日本優位に進み、講和条約としてポーツマス条約が結ばれた。

ポーツマス条約
ポーツマス条約

1905年

アメリカ合衆国大統領セオドア=ローズヴェルトの仲介によって締結された日露戦争の講和条約。

講和会議においてはウィッテがロシアの全権代表をつとめた。


ハーグ密使事件(ハーグみっしじけん)
ハーグ密使事件(ハーグみっしじけん)

1907年

韓国皇帝の高宗がハーグで開催された万国平和会議に密使を送り日本による保護国化の不当性を訴えようとした事件。

密使の会議参加は拒否され、これを機に日本は高宗を退位させた。

胡適(こてき)
胡適(こてき)

1891年 - 1962年

中国の学者。

清が科挙を廃止し、新しい学問と教育が模索される中、文学における白話(口語)の使用を提唱した。

北京大学教授として後進の育成にあたる。


武昌蜂起(ぶしょうほうき)
武昌蜂起(ぶしょうほうき)

1911年

中国湖北省の武昌で軍隊が蜂起して軍政府を成立させ、清朝からの独立を宣言した。

これが辛亥革命の起因となり、翌年には中華民国が建国された。

辛亥革命(しんがいかくめい)
辛亥革命(しんがいかくめい)

1911年 - 1912年

清を倒し中華民国を建てた革命。


中華民国(ちゅうかみんこく)
中華民国(ちゅうかみんこく)

1912年 -

辛亥革命により清朝に代わって成立した国。

都は南京。

孫文が臨時大総統となった。

孫文(そんぶん)
孫文(そんぶん)

1866年 - 1925年

中国の革命家。

1912年の1月から3月まで中華民国の臨時大総統となった。


臨時約法(りんじやくほう)
臨時約法(りんじやくほう)

1912年

中華民国初期の暫定的な憲法。

袁世凱(えんせいがい)
袁世凱(えんせいがい)

1859年 - 1916年

中国(清)の実力者。軍人。政治家。

辛亥革命が起きると清朝側として革命側と交渉したが、袁世凱は革命側と取引して清の皇帝を退位させ、1912年の3月から孫文に代わり中華民国の臨時大総統となり実権を握ると、都を北京に戻した。

1913年、第二革命鎮圧後に正式な大総統となった。

初代大総統(在任:1913 - 1915)。


第二革命(だいにかくめい)
第二革命(だいにかくめい)

1913年

袁世凱の専制化に反対して李烈鈞、黄興らが挙兵したが失敗した事件。

孫文は日本に亡命した。

中華革命党(ちゅうかかくめいとう)
中華革命党(ちゅうかかくめいとう)

第二革命の失敗後、孫文が亡命先の日本で結成した秘密結社。


第一次世界大戦(だいいちじせかいたいせん)
第一次世界大戦(だいいちじせかいたいせん)

1914年 - 1918年

バルカン半島のサライェヴォでセルビア人の民族主義者によってオーストリア帝位継承者が暗殺されたことに端を発するヨーロッパを中心に起こった世界戦争。

協商国27か国と同盟国4か国が戦った。

総力戦となった。

女性も軍需工業に動員されて戦争遂行を支えた。

国家が統制経済で負担や義務を課すと、女性はそれに見合う参政権拡大を求める声を高めた。

大戦中に革命がおこったロシアでは、社会主義政権のもとで女性参政権が実現した。

第一次世界大戦の協商国(だいいちじせかいたいせんのきょうしょうこく)
第一次世界大戦の協商国(だいいちじせかいたいせんのきょうしょうこく)

イギリス・フランス・ロシア・セルビア・モンテネグロ・日本・イタリア・ルーマニア・ポルトガル・アメリカ合衆国・中国・ギリシアなど27か国。

第一次世界大戦で同盟国と敵対し、勝利した。

協商国のことは連合国ともいう。


第一次世界大戦の同盟国(だいいちじせかいたいせんのどうめいこく)
第一次世界大戦の同盟国(だいいちじせかいたいせんのどうめいこく)

ドイツ・オーストリア・オスマン帝国・ブルガリア王国の4カ国。

第一次世界大戦で協商国と敵対し、敗れた。

日本の第一次世界大戦参戦(にほんのだいいちじせかいたいせんさんせん)
日本の第一次世界大戦参戦(にほんのだいいちじせかいたいせんさんせん)

1914年

日本は日英同盟に基づき連合国の一員として第一次世界大戦に参戦した。


日本は日英同盟を理由に参戦する
日本は日英同盟を理由に参戦する

日本は日英同盟を理由に第一次世界大戦に参戦した。

二十一カ条の要求(にじゅういっかじょうのようきゅう)
二十一カ条の要求(にじゅういっかじょうのようきゅう)

1915年

日本は中国の袁世凱政府に対して山東省のドイツ利権の継承や旅順・大連の租借期限の延長などを内容とする二十一カ条の要求をつきつけた。

袁世凱政府ははじめは拒否していたが、日本の軍事力に圧迫され、主な要求を承認した。


山東省(さんとんしょう)
山東省(さんとんしょう)

日本は二十一カ条の要求で中国に対して山東省のドイツ利権の日本への継承などを要求した。

三・一独立運動(さんいちどくりつうんどう)
三・一独立運動(さんいちどくりつうんどう)

1919年

朝鮮で起こった日本の支配に対する独立運動。

3月1日、ソウルのパゴダ公園で独立宣言が発表されると、「朝鮮独立万歳」を叫び、民衆が大規模なデモをおこした。


ソウル
ソウル

三・一独立運動が起きたのはソウルのパゴダ公園。

四カ国条約(しかこくじょうやく)
四カ国条約(しかこくじょうやく)

1921年

アメリカ・イギリス・フランス・日本の4カ国が調印。

各国の太平洋諸島の属地や領土・権益の相互尊重、および、それに起因する国際問題の平和的解決を目指すもの。


中国共産党(ちゅうごくきょうさんとう)
中国共産党(ちゅうごくきょうさんとう)

1921年

陳独秀らにより上海で組織された政党。

コミンテルンが中国共産党の結成を支援した。

陳独秀(ちんどくしゅう)
陳独秀(ちんどくしゅう)

1879年 - 1942年

中国共産党の創設者の一人。

中国共産党の初代のトップ。

『青年雑誌』(のちの『新青年』)を刊行したことでも知られる。


九カ国条約(きゅうかこくじょうやく)
九カ国条約(きゅうかこくじょうやく)

1922年

2月にワシントン会議に出席した九か国(アメリカ合衆国・イギリス・オランダ・イタリア・中華民国・フランス・ベルギー・ポルトガル・日本)で締結された条約。

中国の領土・主権の尊重、各国の経済上の機会均等を約束した。

年号の覚え方は「行く(19)ぞ、忍々(に(2)んに(2)ん)、九カ国条約」です。

モンゴル人民共和国(モンゴルじんみんきょうわこく)
モンゴル人民共和国(モンゴルじんみんきょうわこく)

1924年 - 1992年

第一次世界大戦終結後に、ソ連に次ぐ2番目の社会主義国としてモンゴル人民共和国が成立した。


治安維持法(ちあんいじほう)
治安維持法(ちあんいじほう)

1925年

日本で治安維持法により言論や社会運動の抑制が図られた。

五・三〇運動(ごさんじゅううんどう)
五・三〇運動(ごさんじゅううんどう)

1925年

日本人が経営する紡績工場での労働争議を契機として起こった中国の反帝国主義運動。


上海クーデタ(しゃんはいクーデタ)
上海クーデタ(しゃんはいクーデタ)

1927年

蒋介石が起こした反共クーデタ。

これにより中国国民党と中国共産党の双方が分離を宣言し、第一次国共合作が終わった。

蒋介石(しょうかいせき)
蒋介石(しょうかいせき)

1887年 - 1975年

中国の政治家。軍人。

国民党を率いた。


浙江財閥(せっこうざいばつ)
浙江財閥(せっこうざいばつ)

中国国民党を支援した。

中国の国民政府は関税自主権の回復を目指す(ちゅうごくのこくみんせいふはかんぜいじしゅけんのかいふくをめざす)
中国の国民政府は関税自主権の回復を目指す(ちゅうごくのこくみんせいふはかんぜいじしゅけんのかいふくをめざす)

中国の国民政府は1928年から関税自主権の回復をめざし列国と交渉した。


中華ソヴィエト共和国臨時政府(ちゅうかソヴィエトきょうわこくりんじせいふ)
中華ソヴィエト共和国臨時政府(ちゅうかソヴィエトきょうわこくりんじせいふ)

1931年

中国共産党が江西省の瑞金で樹立した政府。

主席は毛沢東。

瑞金(ずいきん)
瑞金(ずいきん)

江西省の都市。

ここで中華ソヴィエト共和国臨時政府が樹立し、毛沢東が主席となった。


張学良(ちょうがくりょう)
張学良(ちょうがくりょう)

1901年 - 2001年

満州事変勃発前に中国東北地方を支配してた人。

のちに西安事件を起こす。

満州事変(まんしゅうじへん)
満州事変(まんしゅうじへん)

1931年

柳条湖で1931年9月18日に起きた鉄道爆破事件に始まる日本の中国東北部への侵略戦争。

翌年満州国独立を宣言した。


満州国(まんしゅうこく)
満州国(まんしゅうこく)

1932年 - 1945年

満州事変の翌年、中国東北部にできた国。

溥儀が執政に就任した。

溥儀(ふぎ)
溥儀(ふぎ)

1906年 - 1967年

清の第12代皇帝(1908年 - 1912年)。

清の最後の皇帝。

天津の日本租界で暮らしていたが、満州事変勃発後に日本軍に連れ出され、1932年に満州国執政(1932年 - 1934年)に就任した。

後、満州国皇帝(1934年 - 1945年)。


リットン調査団(りっとんちょうさだん)
リットン調査団(りっとんちょうさだん)

1932年

満州事変調査のため国際連盟より派遣された調査団。

日本側の主張を否定した。

長征(ちょうせい)
長征(ちょうせい)

1934年 - 1936年

国民党の攻撃を受けた共産党軍が瑞金から延安まで国民党軍と戦いながら移動したこと。


八・一宣言(はちいちせんげん)
八・一宣言(はちいちせんげん)

1935年

中国共産党中央の名義で出された宣言。

内戦の停止と抗日民族統一戦線の組織を主張した。

延安(えんあん)
延安(えんあん)

長征を終えた中国共産党が、根拠地を置いた。


西安事件(せいあんじけん)
西安事件(せいあんじけん)

1936年

12月に張学良らが蒋介石を拉致監禁した事件。

蒋介石は日本との戦いより共産党との内戦に力を入れていたので、張学良らは内戦の停止と抗日戦を要求した。蒋介石は拒んだが、共産党の周恩来が仲介すると説得に応じた。

蒋介石(しょうかいせき)
蒋介石(しょうかいせき)

1887年 - 1975年

中華民国の政治家、軍人。

西安事件をきっかけとして第2次国共合作が実現した。


張学良(ちょうがくりょう)
張学良(ちょうがくりょう)

1901年 - 2001年

中華民国の政治家、軍人。

西安事件を起こす。

盧溝橋事件(ろこうきょうじけん)
盧溝橋事件(ろこうきょうじけん)

1937年

北京郊外の盧溝橋で中国軍と日本軍のあいだに発生した武力衝突。

この事件をきっかけに中国と日本の戦争が開始された。


北京(ぺきん)
北京(ぺきん)

盧溝橋事件が発生したのは北京の郊外。

日中戦争(にっちゅうせんそう)
日中戦争(にっちゅうせんそう)

1937年 - 1945年

中華民国と大日本帝国の間で行われた戦争。日本が負けた。


重慶(じゅうけい)
重慶(じゅうけい)

中国の都市。

日中戦争において、中華民国の国民政府は日本軍の進撃を受け、南京から漢口へ、さらに漢口から重慶へと遷都した。

重慶の国民政府の最高権力者は蒋介石。

汪兆銘(おうちょうめい)
汪兆銘(おうちょうめい)

1883年 - 1944年

中国の政治家。

蒋介石と対立し、1938年12月に重慶を脱出、1940年に親日政権である南京国民政府を樹立して、その主席に就任した。


第二次世界大戦(だいにじせかいたいせん)
第二次世界大戦(だいにじせかいたいせん)

1939年 - 1945年

ドイツ、日本、イタリアの日独伊三国同盟を中心とする枢軸国陣営と、イギリス、ソビエト連邦、アメリカ 、などの連合国陣営との間で戦われた全世界的規模の巨大戦争。人類史上最大の大戦争。連合国側が勝利した。

汪兆銘の南京国民政府(おうちょうめいのなんきんこくみんせいふ)
汪兆銘の南京国民政府(おうちょうめいのなんきんこくみんせいふ)

1940年 - 1945年

汪兆銘が南京に樹立した、親日派の政権。


ABCDライン(エービーシーディーライン)
ABCDライン(エービーシーディーライン)

1940年頃

米・英・中・オランダによる日本に対する貿易制限のこと。

アメリカ(Amerika)、イギリス(Britain)、中国(China)、オランダ(Dutch)の頭文字をとって名付けられた。

武器貸与方(ぶきたいよほう)
武器貸与方(ぶきたいよほう)

1941年に制定したアメリカの法律。

連合国に対する軍需品の供給を定めたもの。

第二次世界大戦の時期にイギリス、フランス、ソ連、中華民国などに対して武器貸与法を適用した。


アメリカが石油の対日輸出を禁じた(あめりかがせきゆのたいにちゆしゅつをきんじた)
アメリカが石油の対日輸出を禁じた(あめりかがせきゆのたいにちゆしゅつをきんじた)

1941年

8月にアメリカ合衆国が日本への石油禁輸を実施した。

真珠湾攻撃(しんじゅわんこうげき)
真珠湾攻撃(しんじゅわんこうげき)

1941年

12月に日本は真珠湾にあるアメリカの海軍基地を攻撃した。

これにより、第二次世界大戦の一部をなす太平洋戦争が始まった。

真珠湾はパールハーバーともいう。


日本による香港攻略(にほんによるほんこんこうりゃく)
日本による香港攻略(にほんによるほんこんこうりゃく)

アヘン戦争の結果結ばれた南京条約によってイギリスの植民地となっていた香港は、1941年12月に日本に占領され、3年あまりその支配下に置かれた。

その後再びイギリスの植民地に戻った。

ミッドウェー海戦(ミッドウェーかいせん)
ミッドウェー海戦(ミッドウェーかいせん)

1942年

アメリカ海軍が日本海軍を破った戦い。

日本は太平洋での主導権を失った。


カイロ会談(カイロかいだん)
カイロ会談(カイロかいだん)

1943年

エジプトのカイロでアメリカ・イギリス・中華民国の3国の首脳が対日戦の協力と戦後処理について会談した。

アメリカからはフランクリン=ローズヴェルト、イギリスからはチャーチル、中華民国からは蒋介石が出席した。

ポツダム会談(ポツダムかいだん)
ポツダム会談(ポツダムかいだん)

1945年

7月~8月、ドイツのベルリン近くのポツダムで、アメリカのトルーマン、イギリスのチャーチル、ソ連のスターリンが参加した首脳会談。

ドイツの戦後処理、日本の幸福条件や戦後処理を話し合った。


広島市への原子爆弾投下(ひろしましへのげんしばくだんとうか)
広島市への原子爆弾投下(ひろしましへのげんしばくだんとうか)

1945年

8月6日にアメリカ軍が日本の広島市に対して核兵器「リトルボーイ」を実戦使用した。

人類史上、初めて実戦で行われた核攻撃。

長崎市への原子爆弾投下(ひろしましへのげんしばくだんとうか)
長崎市への原子爆弾投下(ひろしましへのげんしばくだんとうか)

1945年

8月9日にアメリカ軍が日本の長崎市に対して核兵器「ファットマン」を実戦使用した。

人類史上、実戦で行われた最後の核攻撃。


北緯38度以南(ほくい38どいなん)
北緯38度以南(ほくい38どいなん)

1945年

アメリカ合衆国は1945年に北緯38度以南の朝鮮半島を占領下においた。

38度線(さんじゅうはちどせん)
38度線(さんじゅうはちどせん)

第二次世界大戦後の朝鮮半島の分断ラインを一般に38度線と呼ぶ。


マッカーサー
マッカーサー

1880年 - 1964年

1945年の8月末にマッカーサーが連合国最高司令官として来日した。

サンフランシスコ会議(サンフランシスコかいぎ)
サンフランシスコ会議(サンフランシスコかいぎ)

1945年

国際連合憲章を採択した。


国際連合憲章(こくさいれんごうけんしょう)
国際連合憲章(こくさいれんごうけんしょう)

1945年

国際連合の基本原則と基本組織を定めた。

国際連合(こくさいれんごう)
国際連合(こくさいれんごう)

1945年

10月に発足した国際平和機構。

本部はニューヨーク。

当初、常任理事国はアメリカ合衆国、イギリス、フランス、ソビエト連邦、中華民国の5か国。


日本国憲法(にほんこくけんぽう)
日本国憲法(にほんこくけんぽう)

1946年

11月に公布された現行憲法。

主権在民(国民主権)などが定められた。

極東国際軍事裁判所(きょくとうこくさいぐんじさいばんしょ)
極東国際軍事裁判所(きょくとうこくさいぐんじさいばんしょ)

第二次世界大戦後に東京に設けられた裁判所で、日本の戦争犯罪を裁いた。

1946年~1948年まで審理が行われた。


二・二八事件(ににはちじけん)
二・二八事件(ににはちじけん)

1947年

日本の台湾統治が終わり、中国大陸から人々が来ると、元から台湾に居住していた人々との間に軋轢が生まれ、1947年2月28日に台湾住民による大規模なデモが発生した。

国民党政府は軍隊を送ってこれを弾圧し、多くの死者を出した。

朝鮮民主主義人民共和国(ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく)
朝鮮民主主義人民共和国(ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく)

1948年 ~

朝鮮半島北部の社会主義共和国。

北朝鮮とも呼ばれる。

金日成を首相として成立が宣言された。


金日成(キム・イルソン)
金日成(キム・イルソン)

1912年 - 1994年

朝鮮民主主義人民共和国の初代首相(1948年 - 1972年)。

大韓民国(だいかんみんこく)
大韓民国(だいかんみんこく)

1948年 ~

朝鮮半島南部の共和制国家。

韓国とも呼ばれる。


李承晩(りしょうばん)
李承晩(りしょうばん)

1875年 - 1965年

大韓民国臨時政府初代大統領で、1948年に大韓民国初代大統領。

世界人権宣言(せかいじんけんせんげん)
世界人権宣言(せかいじんけんせんげん)

1948年

12月に国際連合で人権に関する宣言「世界人権宣言」が採択された。


中華人民共和国(ちゅうかじんみんきょうわこく)
中華人民共和国(ちゅうかじんみんきょうわこく)

1949年

中国では、共産党が国民党との内戦に勝利し、1949年10月に北京を首都、毛沢東を主席として中華人民共和国の成立を宣言した。

敗れた国民党は台湾に国民政府を移した。

共産党が支配地域で土地改革を実施することで農民を中心に支持を集めたのに対し、国民党は幹部の腐敗や経済政策の失敗で民衆の支持を得られなかったため、このような結果になった。

周恩来(しゅうおんらい)
周恩来(しゅうおんらい)

1898年 - 1976年

中華人民共和国初代首相(在任:1949年 - 1976年)。

中華人民共和国が建国されてから長く首相を務めた。

文化大革命の時もその地位を保った。


毛沢東(もうたくとう)
毛沢東(もうたくとう)

1893年 - 1976年

中国共産党の指導者。

1949年に中華人民共和国を建国し、主席となった。

蒋介石(しょうかいせき)
蒋介石(しょうかいせき)

1887年 - 1975年

中国の政治家。軍人。

蒋介石が率いる国民党が、毛沢東率いる中国共産党との内戦に敗れて1949年に台湾に逃れてきた。


中ソ友好同盟相互援助条約(ちゅうソゆうこうどうめいそうごえんじょじょうやく)
中ソ友好同盟相互援助条約(ちゅうソゆうこうどうめいそうごえんじょじょうやく)

1950年

2月に調印された中国(中華人民共和国)とソ連の軍事同盟。

中国が東側陣営に属する姿勢を明らかにした。

朝鮮戦争(ちょうせんせんそう)
朝鮮戦争(ちょうせんせんそう)

1950年 - 1953年

1950年の6月、北朝鮮軍の侵攻で朝鮮戦争が始まり、53年の休戦協定で朝鮮半島は北緯38度線で南北分断が固定化した。


サンフランシスコ講和会議(サンフランシスコ講和会議)
サンフランシスコ講和会議(サンフランシスコ講和会議)

1951年

日本はサンフランシスコ講和会議で独立を回復した。

日米安全保障条約(にちべいあんぜんほしょうじょうやく)
日米安全保障条約(にちべいあんぜんほしょうじょうやく)

1951年締結。

これにより日本は西側陣営に組み込まれた。


北緯38度線(ほくいさんじゅうはちどせん)
北緯38度線(ほくいさんじゅうはちどせん)

1953年

朝鮮戦争の結果、53年の休戦協定で朝鮮半島は北緯38度線で南北分断が固定化した。

大躍進(だいやくしん)
大躍進(だいやくしん)

1958年から、中国で毛沢東が行った政策とスローガン。

人民公社設立や鉄鋼増産等を推進して農工業の増産と重工業化を目指した。

重工業の生産額割合は高まったものの、性急な大規模集団化および専門技術の軽視により、農業生産の減少等で約2000万人~4500万人の餓死者が生まれ、失敗に終わった。


人民公社(じんみんこうしゃ)
人民公社(じんみんこうしゃ)

1958年

「大躍進」実行のために農村で編成された組織。

チベット反乱(チベットはんらん)
チベット反乱(チベットはんらん)

1959年

中国政府により漢人への同化政策が進められると、ラサで反乱が起こった。

反乱は中国人民解放軍に制圧され、ダライ=ラマ14世はインドに亡命した。。


ラサ
ラサ

チベット反乱が起きた場所。

ダライ=ラマ14世(ダライ=ラマじゅうよんせい)
ダライ=ラマ14世(ダライ=ラマじゅうよんせい)

1935年 -

チベット仏教の最高指導者。

1959年にインドへ亡命。


開発独裁(かいはつどくさい)
開発独裁(かいはつどくさい)

1960年以降、韓国や台湾などアジア諸地域では、政府主導の経済発展を効率的に遂行するために強権的な支配のもとで政治運動や社会運動を抑圧する体制を築いた。

この体制を開発独裁と呼ぶ。

朴正煕(パク・チョンヒ)
朴正煕(パク・チョンヒ)

1917年 - 1979年

大韓民国第5~9代大統領(任期:1963年 - 1979年)。

1961年の軍部クーデターにより政権を奪取し、独裁的な政治を行った。

1962年からの5カ年計画で高い経済成長率を達成した。

開発独裁の体制をとった指導者の一人。


中国の核保有(ちゅうごくのかくほゆう)
中国の核保有(ちゅうごくのかくほゆう)

1964年

中国は核兵器の開発を進め、1964年に原子爆弾の実験を実施して核保有国となった。

日韓基本条約(にっかんきほんじょうやく)
日韓基本条約(にっかんきほんじょうやく)

1965年

日本の佐藤栄作内閣と韓国の朴正煕政権で調印された国交回復の条約。


文化大革命(ぶんかだいかくめい)
文化大革命(ぶんかだいかくめい)

1966年 - 1977年

毛沢東が実権奪取のために発動し、中国全土を巻き込んだ闘争。

核拡散防止条約(かくかくさんぼうしじょうやく)
核拡散防止条約(かくかくさんぼうしじょうやく)

1968年

1968年時点で核を保有する米国、ソ連、英国、フランス、中国の5カ国以外による核保有を禁止する条約。

「NPT」とも呼ばれる。


沖縄返還協定(おきなわへんかんきょうてい)
沖縄返還協定(おきなわへんかんきょうてい)

第3次佐藤栄作内閣の時の1971年に沖縄返還協定が結ばれ、1972年5月に発効し、第二次世界大戦後にアメリカに統治されていた沖縄の日本への復帰が実現した。

年号の覚え方は「行く(19)ぞ夏(72)の国、沖縄の日本復帰実現」です。

日中国交正常化(にっちゅうこっこうせいじょうか)
日中国交正常化(にっちゅうこっこうせいじょうか)

1972年

日中の国交正常化がなされた。

年号の覚え方は「行く(19)ぞ何(72)くそ日中国交正常化」です。


新興工業経済地域(しんこうこうぎょうけいざいちいき)
新興工業経済地域(しんこうこうぎょうけいざいちいき)

韓国や台湾など、1970年代に急速な経済成長をとげた国や地域の総称。

先進国首脳会議(せんしんこくしゅのうかいぎ)
先進国首脳会議(せんしんこくしゅのうかいぎ)

第1回は1975年に行われた。

「サミット」ともいう。


鄧小平(とうしょうへい)
鄧小平(とうしょうへい)

1904年 - 1997年

中華人民共和国の政治家。

1978年から改革・開放政策を指導した。

日中平和友好条約(にっちゅうへいわゆうこうじょうやく)
日中平和友好条約(にっちゅうへいわゆうこうじょうやく)

1978年

日中両国の発展と交流促進を内容とした条約。

年号の覚え方は「引くなや(1978)、いきなり仲良くなっても、日中平和友好条約」です。


女性差別撤廃条約(じょせいさべつてっぱいじょうやく)
女性差別撤廃条約(じょせいさべつてっぱいじょうやく)

1979年

女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約。

国際連合で採択された。

人民公社解体(じんみんこうしゃかいたい)
人民公社解体(じんみんこうしゃかいたい)

1982年の中国の新憲法に基づき、「大躍進」実行のために農村で組織された人民公社は1985年に消滅した。

年号の覚え方は「行く(19)ぞ、バ(8)らすぞ、こ(5)わすぞ、人民公社解体」です。


男女雇用機会均等法(だんじょこようきかいきんとうほう)
男女雇用機会均等法(だんじょこようきかいきんとうほう)

1985年

女性差別撤廃条約への批准のため日本では男女雇用機会均等法が制定された。

胡耀邦(こようほう)
胡耀邦(こようほう)

1915年 - 1989年

中国の政治家。

胡耀邦の死去をきっかけに政治的な運動が活性化し、天安門事件が起こった。


天安門事件(てんあんもんじけん)
天安門事件(てんあんもんじけん)

1989年

胡耀邦の死を契機に政治運動が活性化し、北京の天安門広場に多くの学生や労働者などが集まり広場を占拠した。

これに対し、中国共産党は武力鎮圧に踏み切り、多くの犠牲者が出た。

政治的な運動を進めた活動家は、逮捕され投獄されるか、国外への亡命を余儀なくされた。

李登輝(りとうき)
李登輝(りとうき)

1923年 -

1996年の初めての民主的な直接選挙で選ばれた台湾の総統(在任:1988年 - 2000年)。

民主化を推進した。


一国二制度(いっこくにせいど)
一国二制度(いっこくにせいど)

1997年に香港がイギリスから中国に返還された。

社会主義国の中国は、香港が返還された際、特別行政区として資本主義を当面の間維持するという約束をした。

これを一国二制度という。

マカオにも一国二制度が適用された。

京都議定書(きょうとぎていしょ)
京都議定書(きょうとぎていしょ)

1997年

京都で開かれた第3回締約国会議(COP3)において採択された議定書。

先進国の温室効果ガス排出削減の数値目標と取り組みに対する法的拘束を決めた。

ただし、当時の温室効果ガスの最大排出国であるアメリカ合衆国はこの議定書の批准を拒否した。


京都議定書の批准を拒否したのはアメリカ合衆国
京都議定書の批准を拒否したのはアメリカ合衆国

1997年

先進国の温室効果ガス排出削減の数値目標と取り組みに対する法的拘束を決めた京都議定書が第3回締約国会議(COP3)で採択されたが、アメリカ合衆国は批准を拒否した。

金大中(キム・デジュン)
金大中(キム・デジュン)

1925年 - 2009年

大韓民国の第15代大統領。

太陽政策を行い、朝鮮民主主義人民共和国の金正日とともに南北首脳会談を実現した。


太陽政策(たいようせいさく)
太陽政策(たいようせいさく)

金大中大統領時代に行われた北朝鮮との融和を図る政策。

金正日(キム・ジョンイル)
金正日(キム・ジョンイル)

1941年 - 2011年

朝鮮民主主義人民共和国の第2代最高指導者。

大韓民国の金大中とともに南北首脳会談を実現した。


南北首脳会談(なんぼくしゅのうかいだん)
南北首脳会談(なんぼくしゅのうかいだん)

2000年に韓国の金大中と北朝鮮の金正日が北朝鮮の首都平壌で会談を行った。

1948年に朝鮮半島が南北を二分して以来、両国の首脳が会談するのは史上初。

金正日が亡くなり金正恩が後継者となる(キム・ジョンイルがなくなりキム・ジョンウンがこうけいしゃとなる)
金正日が亡くなり金正恩が後継者となる(キム・ジョンイルがなくなりキム・ジョンウンがこうけいしゃとなる)

2011年

金正日が亡くなり、金正恩が後継者となった。