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日本史

日本史の勉強法、覚え方【高校】

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弥生時代【高校:日本史】 前4世紀頃 - 後3世紀頃

下に行くほど歴史的に新しい出来事です。

弥生人(やよいじん)
弥生人(やよいじん)

弥生時代に生きた人。

稲作(いなさく)
稲作(いなさく)

大陸や朝鮮半島から稲作が伝来したが、寒冷な気候の東北地方でも稲作の遺跡が確認されている。


弥生土器(やよいどき)
弥生土器(やよいどき)

縄文土器より薄くて固い。

湿田(しつでん)
湿田(しつでん)

水はけが悪い田。弥生時代前期は湿田が主だった。


紀元前一世紀の和人社会(きげんぜんいっせいきのわじんしゃかい)
紀元前一世紀の和人社会(きげんぜんいっせいきのわじんしゃかい)

百余国に分かれていた。

楽浪郡(らくろうぐん)
楽浪郡(らくろうぐん)

漢朝(当時の中国)によって設置され、紀元前108年から西暦313年まで存在した、朝鮮半島北部の郡。中華文明の出先機関。

紀元前一世紀に、和人社会は百余国に分かれ、楽浪郡に定期的に使者を送った。


印綬(いんじゅ)
印綬(いんじゅ)

57年

倭の奴の国王は中国の後漢の皇帝から金印を授けられた。

「魏志」倭人伝(ぎしわじんでん)
「魏志」倭人伝(ぎしわじんでん)

「三国志」の「魏志」倭人伝に、邪馬台国に関しての記述がある。


陳寿(ちんじゅ)
陳寿(ちんじゅ)

233年 - 297年

「三国志」の編纂をした人。

「三国志」の「魏志」倭人伝に、邪馬台国に関しての記述がある。

卑弥呼(ひみこ)
卑弥呼(ひみこ)

邪馬台国の初代女王。

中国の『三国志』魏書東夷伝倭人条の記事に、239年に卑弥呼が魏の皇帝に使いを送ったことが記録されている。


邪馬台国(やまたいこく)
邪馬台国(やまたいこく)

卑弥呼が支配した国として有名。弥生時代は農業の発展で人々が集落と言うか、小さな国みたいなのを日本のあちこちに作っていて、邪馬台国はその中の一つです。

竪穴住居(たてあなじゅうきょ)
竪穴住居(たてあなじゅうきょ)

竪穴住居です。例えば、洞窟とか横穴に住むとしたら、そこは横穴住居。それに対して竪穴住居は、ちょっと下向きに浅く広く穴を掘ってそこを床として、でもって上に土とかワラで屋根を作ったもの。


高床倉庫(たかゆかそうこ)
高床倉庫(たかゆかそうこ)

床を高くした倉庫。

吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)
吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)

佐賀県で発見された弥生時代の遺跡。

参考
吉野ヶ里遺跡の紹介:吉野ヶ里遺跡とは|吉野ヶ里歴史公園


登呂遺跡(とろいせき)
登呂遺跡(とろいせき)

静岡県で発見された弥生時代の遺跡。

参考
登呂遺跡の発見|静岡市立登呂博物館

板付遺跡(いたづけいせき)
板付遺跡(いたづけいせき)

福岡県にある弥生時代の遺跡。

この遺跡の発掘成果によると、九州北部で水稲耕作が本格的に始まったと考えられる。

参考
板付遺跡 | 文化財情報検索 | 福岡市の文化財


池上曽根遺跡(いけがみそねいせき)
池上曽根遺跡(いけがみそねいせき)

大阪府和泉市から泉大津市に所在する、弥生時代最大級の大型建物跡が出土した大環濠集落の遺跡。

銅鐸(どうたく)
銅鐸(どうたく)

釣り鐘状の青銅器。

近畿地方を中心に出土している。

弥生時代になると、西日本では水稲耕作が本格化して集落ができ、農耕に関する神祭りなどが行われた。

これらの祭りに、近畿地方を中心とする一帯の祭器として青銅製の銅鐸などが用いられたとみられている。


銅鐸は近畿地方を中心に出土
銅鐸は近畿地方を中心に出土

銅鐸は近畿地方を中心に出土している。

銅矛(どうほこ)
銅矛(どうほこ)

青銅器の武器の一種。九州北部を中心に出土している。


銅戈(どうか)
銅戈(どうか)

青銅で作られた戈という武器。九州北部を中心に出土している。

竪杵(たてぎね)
竪杵(たてぎね)

弥生時代に普及した脱穀に用いる農具。


石包丁(いしぼうちょう)
石包丁(いしぼうちょう)

弥生時代に普及した収穫に用いる農具。

乾田(かんでん)
乾田(かんでん)

水はけが良い田。弥生時代後期は乾田の比重が高まった。


高地性集落(こうちせいしゅうらく)
高地性集落(こうちせいしゅうらく)

弥生時代中期から後期には、西日本の瀬戸内海沿岸や近畿地方で戦時の見張所・避難所として丘陵や山頂に軍事的・防衛的性格の強い集落が作られた。

生口(せいこう)
生口(せいこう)

奴隷のこと。

中国の後漢という国の歴史書『後漢書』東夷伝に、107年に倭国王師升等が生口160人を安帝に献じたことが記されている。


続縄文文化(ぞくじょうもんぶんか)
続縄文文化(ぞくじょうもんぶんか)

縄文文化から弥生文化へ移行した本州と異なり、引き続き縄文文化の伝統を色濃く残し、農耕を行わず、漁労や採集を中心に続縄文土器を使用した北海道の文化のこと。